弓の師匠

UNARRANGEMENT 2024/08/13(火) 22:13
隣県の弓の師匠は、88歳。
今年の夏が相当堪えているようで、夏の稽古はなくなった。
なんどか救急車で運ばれて、入院していたらしい。
熱中症…ではなく、原因不明。
なんとか回復してほしい。(もっとも、彼女は骨髄腫も持ってるからなあ。薄氷を渡るがごとしの人生である)。

私もいつまでこんな無茶苦茶(に見えるらしい)生活ができるのだろう。

仕事は減らした。
納得のいくところで納得のいく仕事をする。
給料減っても構わん。節約すればいい。

夜の運転が怖くなって、夜の稽古を減らしている。
それでも、暇なときはどこかの道場にいる。

弓の師匠は、実はもう弓が引けない。
肩の靭帯が切れて、腕を持ち上げることすらかなわない。
それでも、見て私に指導してくださるが、それは彼女にとって苦痛なことではないだろうか。
自分ではできない苛立ちと、悔しさを常に思っているのでは? と。
それも直接本人に聞いた。
そうね。悔しいわね。でも、あなたが来てくれて、話を聞いてくれるのは、とても嬉しいことよ。

それを信じて、稽古を続ける。
涼しくなったら、また連絡をしよう。
No.545 PERMALINK
11日。県東。
道が不案内で、警察官のJさんに連れて行ってもらう。

それが良かったのか、6中で女子では優勝決定の射詰に残りました。
6中は4人。
最初、ねんりん選手(去年)のお姉さまが外し、大前の若者が二本目を入れ、落ち前の若者が外し、落ちの私が外した。
(いやあ、これ入れたら、優勝!? とか過ると力が入ってダメだねえ)

そして外した若者と私で遠近近寄せ。(一本だけ引いて、的の中心に近いほうが勝ち)。
すぐ続いて遠近になって、慌てて並ぶ。
私の前のお嬢さんは、中黒に入れた。
私はなーんにも考えてなかった。ただ、まっすぐ。
そしたら、中黒よりもまだ中の本当に中心に入った。

おおー。二位だべ。
優勝を逃がしたのは残念だけど、次がんばろう。

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そして、私の元弟子のSさん。(大東流じゃないほう)。
彼女は、念願の全日本選手権の代表に選ばれました。県で一人です。
9月の半ば、東京の大きな弓道場で引きます。オンライン中継もあります。楽しみです。
着々と夢をかなえている彼女が私にはまぶしいです。

そして、もう一人の代表(男子)は、K先生。
私よりだいぶ年下の端正な顔つきのおじ様。
いや、選ばれたの奇跡ですよ。
胸椎の10、11、12を粉砕骨折してたんですよ。3月。

という話で、たまたまその場で着替えはじめたK先生のとなりに行き、「先生傷を見せて」と言ったら快く見せてくれた。

うわああ。25cm以上ありそうな縦の傷。
また来年の三月にはこれを開けて、ピンをとらんといかん…。恐ろしい。
よくこんな傷で弓を引きますね。痛くないんですか? と私が聞くと、「痛いよー」と顔をしかめて見せた。
その時の大会は精彩を欠く射だったが、やはり痛かったのだろう。
なんと帯状疱疹もやったとかで。

しかし、本当に神経(脊髄)に損傷がなかったのは奇跡。

なーんていう話を皆でしながら、帰ったのである。
No.544 PERMALINK
夏休みで、弓道場を遠くから個人使用をされた人がいる。
私たち弓道会の人間は不在で、よくわからないまま管理スタッフが弓道場を開けて、使わせた。

何がおこったか。

毎回安土(矢がささる土)には水を撒くのだが、その水道を閉めておらず、水が夜じゅう駄々もれ。なんと道にまで水があふれて、朝の散歩のおじさんがびっくりして教えてくれたらしい。
当然、看的所(水が出るようにしてあるところ)は、水浸しで、おいてた段ボールとかもうぶちゃぶちゃ。
管理スタッフが水を掻き出し、風を通しという大変なことになった。
それだけじゃないのだ。
私たちはおニューの的は「大会、月例会」などの行事用の的として、キレイに貼って保存している。
行事用の的で運用して、汚くなったり、割れたりしたものを日常の稽古用にするわけである。

それが!! なんと!! 行事用の、6月に下ろして、まだ一度も使っていない的でお稽古されたのである。
それも!! その的をもとの場所に戻さず、適当に稽古的に入れて帰ってしまった。
私が見て、違和感…なんで、この的、ここにあるんや。なんで、穴が開いとるんや?
ということで、大騒ぎになったが、水漏れといい、新的使用といい、ショックである。
本来なら、水道代を請求してもいいぐらいだが、個人使用の場合、連絡先や身分証明書の提出はないので、どこのだれかもわからない。

で、Nさんに危なくないですか? という話をしたのだ。
だって、一張10万以上する竹弓を何十張も置いているのだ。
一張持ち出されても、ダメージは大きい。

器具庫にはカギをしてくれたらしいが、他にも持ち出せるものはあるから、個人名と連絡先を預かるべきではないかということを話していた。
善意で運用してた時代はもう古いのかもしれない。

Nさんは、去年から弓道をはじめて、時々稽古に来てくれるので、私たちは彼をとても頼りにしている。
より良い稽古環境を作るために、努力は惜しまない。
そのための今日一日の稽古(じゃなくて、道場整備)。
一人のときじゃないとできないからね。(他人に自分がやってますというのを見せるのは嫌だ)。

No.543 PERMALINK

師範稽古

UNARRANGEMENT 2024/08/13(火) 21:26
まずは、師匠の稽古のこと。
去年、心臓発作で稽古中断、8月は休みとなったのであるが、今年は大丈夫でした。
7月末に師匠のところに行きました。

お元気そうですが、もう歩くことは難しそうでした。室内はなんとか移動されますが、買い物や料理などを奥様が来てされているようです。
立ちの稽古もすぐ「座ろう」となるし、座っていても、「タコ」ができてて痛いらしい。
なので、以前はなかったことですが、40分~1時間で小休止が入ります。
こちらとしては、大変ありがたいのですが。(以前は黙って2時間休みなく、合氣上げのみ(それも一度もできない)とかあったから。本当に死にそうでした。

今頃は、合氣上げくらいは数分でOKが出ますが、それでも苦手な技のときは小一時間試行錯誤になります。

驚いたのは、7月8月の師匠のスケジュールです。
ほぼ毎日お弟子さんが来ます。
まったくもって、85歳とは思えません。
というか邪推するなら、お弟子さんたち、「最後だ」と思ってきているのかなと思います。
毎月見る名前だけでなく、昔の弟子の名前もあるし、数か月に一度の人が続けて稽古していたり。
師匠も「うん、毎日だからね。きついね」と弱弱しく笑います。
けど、技は本物で、毎回「!」となります。

もう少しなんだがなあ。
師匠は私の四苦八苦を笑います。
前回、肩合氣だけは完璧だったと言われて、そんなことすっかり忘れたので、びっくりでした。
そして、もちろん今回は「前回はできたのにねえ」とがっかりさせるだけになりました。( ノД`)シクシク…

何度見せてもらっても不思議でおもしろい。
到底自分ができるようになるとは思えない。
それでも、できるようになりたい! 

また来月行きます!!

No.542 PERMALINK
暑さに負けて、だらだらしていた。
というか、日中はパソコンが熱くなりすぎて暴走するw
私は夏が好きだけど、いや、好きだったというべきか、この暑さは骨身に堪える。

日々はだらだらと過ぎて、書こうと思うこともだんだん記憶の後方へと走り去り、忘却が私を救うのなら、何もかも忘れてしまえと思っていた。
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でも、今日、事務所のスタッフのNさんとおしゃべりしていたら、隣に人の気配が!
チラっと見てから、「おお、カッコいい(^^)。もう一度見ちゃおう」と二度見したら、あの方だったのだ。
視力が弱くなっているので、認識まで時間がかかった。
いるはずがない、くるはずがないと思い込んでいたということもある。
期待したら、裏切られるので、絶対に期待しないし、スケジュールも確認しない。

だから、スッと隣に立った人の、精悍な気配に驚いたのである。

そう。精悍でした。年月が人を強くしたのでしょうか。
昔よりも痩せておられましたが、背は高く見えました。
いや、そんなに冷静ではいられなかった。
Nさんとの話が、頭からすっ飛んでいくくらい。

私は無防備な稽古あとの汗だくのヘロヘロの姿を見られたのがショックでした。
本当に汗臭くて、自分でも恥ずかしかった。

稽古を6時間したと言いましたが、そのほとんどは、道場の整備をしていました。
的をこしらえて、安土を整備して、草を抜いて、床を磨いて。
そういうのが好きなので、全然苦になりませんが、汗はかきます( ´∀` )
着替えれば良いのですが、家で着替えたほうが良いと思い、道着のまま帰ります。
お弟子さんも増えて、元気で幸せそうなあの方が見れて、ほんの少し言葉をかわして、幸せでした。

話したいことはいっぱいあるのに。
いやいや。私は見ているだけで胸がいっぱい。きっと何も話せない。

というわけで、数日書こうと思っていたことをツラツラ書きます。
No.541 PERMALINK