市の射初会

2025/01/30(木) 18:40
優勝候補のY夫妻が通夜で不在の中、市の射初会が行われた。
いつも、Y夫妻に優勝を奪われる面々は、「鬼の居ぬ間に…」で盛り上がった。
(私のほうは、Y妻と介添をやる予定で着物までそろえたのに、残念で仕方ない。お正月ということで、ど派手な花柄ピンクの着物を二人でそろえたのである)。

射初め会は、高段者から順番に弓をひく。
(ちなみに、納射会は低段者からである)。
会員70人ほど。
県連登録者30人ちょっと。
射初め参加者20名。

私は二立めの大前となった。

1立めは会長が大前、落がF教士六段の5人。
2立めは私が先頭で五段と四段。

会長は面白い人で、教士六段のくせに、私が引いていると後ろに寄ってきて「勝負だ」と呟いて弓を引く。
当然私が負けるのだが、稀に勝つときもあって、その時の悔しがり様と言ったら! 
私みたいな小物に勝っても仕方なかろうと思うが、負けると一層のこと悔しいらしいw

他の人があまり的中のない中、会長と私が連中である。
あー、会長意識してるなと思う。
最後の4本目で会長が外した。

私は会長の悔しがる姿を思い出して、少し笑いが出てきた。
自分の番で放すと、ものすごい音がして、的枠の木に中り外れてしまった。(ああ、他人を笑うもんじゃないなあ。もちろん、外したのを笑ったのではないが)。

二回目の4ツ矢では、後ろのF本さんが、的を倒した。
(たまにある。土が乾いていたりして、枠に矢が中ると的がゴロンとなる。)
的前審判のJ川さんと何度かやり取りして、元に戻してもらう。
気持ちが変わったのか、そこから中らない…・
二連続で外し、後後半は何とか気を取り直して中てた。

8射5中。平凡な成績である。
しかしY夫妻が不在のため、最高は6中。
あと一本(つд⊂)エーン
近寄で、一人だけ中てて総合3位の女子1位にもぐりこんだ。

しかし、もう少し中るはずなんだが。
そう思いながら食べた賞品のマドレーヌはほろ苦い。
技というより、「集中力の持続」が難しい。

後ほど、会長に「俺が外してやったんだから、あなた、中てなきゃ! 一緒に外してどうするんだよー」と叱られた。
ちなみに会長は、二位のほうが賞品が良かったので、射詰でワザと外すという技を披露していた。コラー(^^)
射初めは年に一度だけ余興がある。
風船やら、金銀の的。
風船はいただいたが、入賞者は小さい的は最後のほうしか参加できない。中てれなかった…。

捲土重来。
ぼちぼちやっていきます。
(肩痛いので)。
No.600 PERMALINK

夏の京都キャンセル也

2025/01/30(木) 18:30
残念無念。

一緒に行く予定のY夫妻の母君が亡くなって、初盆と重なり、キャンセルと相成った。
弓師の柴田勘十郎(22代。宗博さん)は、事情を聞いて「仕方ないですね。来年の枠を3名取っておきますよ!」と。
1月になったばかりで、来年の8月の話をするのも変だが、仕方のないことだ。
私のほうは、この痛む肩とどう付き合うかに苦慮しているので、ちょうどよいかもしれない。
来年の夏はさすがに治っているはずだ。

でも、そういう年齢になってきたんだなと感じる。

私の父母は健在であるが、いつ、何時どうなるかわからない。
特に父は89歳。まだプリウスを乗り回している。
母は83歳。ちょっと見た目では、母のほうが年寄りに見える。

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夏、残念ではあるが、また思いきり稽古に励もう。

No.599 PERMALINK
大東流…じゃないのかな。
以前、大東流を教えるわけにいかんので、苦肉の策で身体操作の会をやっていた。
今は希望者があるときだけにしてる。

その最初の門人で、今は弓道の仲間であるSさん。
弓道に身体操作の理合を生かして、最高峰の全国大会にも出場した。
そういうSさんとは、時々隣県の弓道の先生のところにお邪魔する。
片道3時間をゆっくりおしゃべりしながら。

そのときに、次のようなことを言われた。

本当に、身体操作を習っててよかった。
私が、「せやね。弓道に生かしているからSさんすごいよ」と言うと、「いえ、弓道じゃなくて(^^)」と笑った。

この前福岡に行ったんです。
地下鉄の中洲川端の駅って、エレベーターもエスカレータもないのに、すっごい長い階段があるんですよ。

ふむふむ。

そこを上っていると、一人のおばあさんがいたんです。
すっごく小柄な方で、背中が曲がってて、手すりにすがって登っていくんです。
右で手すりで、左はもう階段に着きそうな感じ。
一段一段休みながら行くけど、本当に辛そうで。
なので、思い切って声をかけたんです。
「もし良かったら、一緒に上りましょう。つかまってよいですよ」と。

そしたら、そのおばあさん、びっくりした顔して、でも嬉しそうに私の腕につかまったんです。

一瞬、私も身体が硬くなって、筋力でおばあさんを支えようとしたんですが、思い出したんですよ!! 教えていただいたことを。
なので、支えず、ただ、まっすぐ。おばあさんのすがる手は感じながら、自分自身を崩さずにまっすぐゆっくり合わせて登ったんです。
そしたら、おばあさんは私に重心を預けることもなく、ただ、本当に一緒に階段を踏みながら上がっていったって感じで。
おばあさんも「本当に楽だったわ。ありがとう」とお礼を言ってくれたけど、私も本当に楽でした。
安全に行ける自信というか、確信もあって、すごく役に立ちました! ありがとうございます。

私は、顛末を伺い、「いや、すごいのは、あなたでしょ! さすがSさん。」と心から思った。
人を助けることをこんなに自然にやってのけるSさんが、すごい。
少しでも、私がお伝えしたことがお役にたっているなら、こんなにうれしいことはない。
(と言いつつ、私がお伝えしたというよりは、大東流の最初の道場で習ったことである)。

Sさんの体験にはもう一つある。

世界選手権とかで、スポーツ選手が空港で出迎えられるシーンを見たときに彼女が思ったこと。
カートを押してる…。

Sさんはお掃除屋さんである。
掃除道具を満載したカートを常に運んでいる。

「押しちゃダメって、言ってましたよね!」ニコニコと彼女は言う。

私の指導を守って、常に荷物(カート)は「運ぶ」。
自分の体は崩さず、接点を大事にしてカートに先に行ってもらう。
自分はカートが進むからついていく感覚。(押してるわけではない)。
とても楽で、自分自身のトレーニングになると言っていたが、「スポーツ選手、駄目ですよねー(^^」と笑う。
あんなに重そうに、自分を崩して荷物に寄りかかってるの、辛いですよねー。

あはは。

弟子に教わるとはこのこと。
私もスポーツ選手の空港での様子とかみたことあるが、そんな風に考えなかった。
私自身はカートを押すことはまずないが、面白い視点で車の中で大いに笑いあった。
なるほどなるほど。
本当に勉強になった道行であった。
No.598 PERMALINK