一ヶ月前

2021/11/19(金) 23:34
とうとう審査まで一ヶ月となった。
もう初めてではないし、何度も受けているのであるが、緊張はする。

一応、竹弓に新弦を作った。

伸びグラス弓16.5㎏は、めでたくウチの道場の弓になった。(会長と事務局承認済み)
昔の無骨な弓だけど、五カ所巻で飾り巻もしてあって、キレイな弓だ。
重くて大きいので、引く人を選ぶなあと思う。私は左親指がまだ痛いので、しばらくは遠慮する。

今日は昼は隣県の高校生がたくさん居てて、大変でした。

ですので、引いた数も的中も数えていません。
さんざんでしたが。
なぎなたに行く前のMちゃんが弓を見てくれました。
やはり、離れのときに少し力んでるから、それを辞めるように言われました。
少し左肩を意識して、十文字をしっかり作る。
大三から降りてくるのが、若干右が速い。(左右均等に)

とその注意をきにしてたら、なんとまた弓を投げちゃった。
それも後ろに立っていたY夫妻の夫くんに当ててしまった。
痛くはなかった様子だけど、本当に申し訳ない(ToT)。

でも、久しぶりの道場はホントに良かった。
的中はないけど、ここでまた一から稽古していこうと思った。

月食を道場から見た。正確には道場から出て駐車場のほうへ歩いて行き、駐車場の手前から見えた。
皆で、「赤いね-」と言いながら、ちょっと先まで何度か脚を運んで見た。
次に見るときは、誰とどこで見るのだろうか。
生きてるかなと言うと、Hくん(25歳)が、「バカ言わないで下さいよ-」と窘めてくれた。
良い子だ。

どこかで、見てくれただろうか。月食を。


No.184 PERMALINK
昨日の肩取りや運び手の共通点は、きっと「必要以上の力を加えてる」ことが問題なのじゃないかなと。
そういう話を、Hちゃんに話して、全身繋げて使う(昨日のお茶のときやったのも少し使ったが)稽古となった。

力んで繋ぐのはたやすい。力まずに繋ぐ。

わかるとすぐできるのに、できるまでが時間がかかる。
Hちゃんは以前、氣について稽古しているので、何でも氣に繋げて理解したいのだが、うちの基本技は氣は使わないのである。
ただ、方便としてそう思うほうがわかりよいのなら、かまわないよとは伝えてあるが。

実は昨日のお茶の稽古と通じるところがたくさんある。
うちの大東流は「侵さず侵されず」である。
昨日のお茶(整体稽古)でも、「絶対に氣を出した手で触れてはいけない」「紙一枚手前で止める」という。相手に氣を注入してなんとかしてやろうというような整体ではない。
あー、似てるな-と思うが、もちろん、それで終わりだ。

肩取りの肩の感覚を、自分自身の手で押さえてそれを感じながら動く。

終わりがけに、Hちゃんが言う。
師匠の稽古に行って帰ってきたすぐって、全然違うんですね。
稽古してきたんだなあってすぐわかりますよ。

・・・え? そう?
笑いながら、心で泣いてる。
その「違う」が持続しないのよ。
師匠に習ってすぐの感覚が、だんだん自己的な解釈で薄まっていく。
わかってますって。

頑張って通い続けるしかない!
気持ちを新たにした稽古でした。

No.183 PERMALINK

お茶

その他 2021/11/19(金) 00:07
月一のお茶。
今年で辞めようと思ってるのに、先生は「あなたが来てくれて嬉しいわ」と手放しで喜んで下さる。

ちょっと昔の人の話題が出て、私は身を固くする。
そういうの、伝わってはいないよね。

それでも、そのくらい(昔の人たちを懐かしむくらい)、今人が来ていないのだろうなと思う。
私も離れようと思っているのに。

先生の点てたお茶はとても美味しい。
生き返るようだ。

主菓子は小さなお饅頭。
干菓子は和三盆で作った落雁のようなもの。
オマケに、先生のご自宅で作られた干し柿をつけてくれた(食べきれず持って帰った)。
先生は母より2つ上だが、運転もして(免許も更新したのだそうだ)、庭仕事もする。
年々しんどくなってできないことが増えたと嘆かれるが、今日は障子の張り替えを業者にしてもらったとかで、白い障子の桟が美しくて、落ちついた様子だった。

「炉の季節なんですけどね」と少し自嘲気味に笑う。

そもそもが茶室ではないので、炉も切っていない。
仕方ないですよと、私が言うと「そうねえ」と返す。

茶室でないし、夏の風炉を使っていても、炭の香りは素晴らしく良いし、ほんわかと炭火の暖かさが身にしみる。

私以外の人は炭のにおいが苦手らしく、そういう人が来るときは、先生は電気風炉を出してくる。
しかし、そういえば、もう1年ほど1人で稽古しているなーと思う。

まあ、来月考えよう。

明日も稽古。
明日こそは弓にも行けるかな。
肘親指肩湿布を貼ってみた。

No.182 PERMALINK