昨日の肩取りや運び手の共通点は、きっと「必要以上の力を加えてる」ことが問題なのじゃないかなと。
そういう話を、Hちゃんに話して、全身繋げて使う(昨日のお茶のときやったのも少し使ったが)稽古となった。

力んで繋ぐのはたやすい。力まずに繋ぐ。

わかるとすぐできるのに、できるまでが時間がかかる。
Hちゃんは以前、氣について稽古しているので、何でも氣に繋げて理解したいのだが、うちの基本技は氣は使わないのである。
ただ、方便としてそう思うほうがわかりよいのなら、かまわないよとは伝えてあるが。

実は昨日のお茶の稽古と通じるところがたくさんある。
うちの大東流は「侵さず侵されず」である。
昨日のお茶(整体稽古)でも、「絶対に氣を出した手で触れてはいけない」「紙一枚手前で止める」という。相手に氣を注入してなんとかしてやろうというような整体ではない。
あー、似てるな-と思うが、もちろん、それで終わりだ。

肩取りの肩の感覚を、自分自身の手で押さえてそれを感じながら動く。

終わりがけに、Hちゃんが言う。
師匠の稽古に行って帰ってきたすぐって、全然違うんですね。
稽古してきたんだなあってすぐわかりますよ。

・・・え? そう?
笑いながら、心で泣いてる。
その「違う」が持続しないのよ。
師匠に習ってすぐの感覚が、だんだん自己的な解釈で薄まっていく。
わかってますって。

頑張って通い続けるしかない!
気持ちを新たにした稽古でした。

No.183 PERMALINK