丙午

あははw
机がボロボロですね。
後の黒い影は、猫です。gooちゃん。
この後、猫たちがチェックにきて、写真が撮れなくなりました。
No.651 PERMALINK

幸せでした。

その他 2026/03/22(日) 19:04
まさか、まさか。

遠くから、あの方が歩いているのが見えた。
駐車場の止めてある車列の向こうから、見えるはずないと思ったけど、会釈をした。
ああ、お元気そう。こちらのほうに停めることもあるんだ。
私のことは見えていないだろうなあ。でも良かったなあ。

車を停めて、今もしかして、走って行ったら追いつく? などと考えてやめる。
そんな惨めな。気づいてなどいないし、気づいていても、きっともう先に行っている。
でも、もしかしたら…心臓がどきどきするのをなだめて、いつもよりゆっくり身支度して車を降りる。
後のトランクにある部品を探して、ゆっくり顔をあげたら、まだいてくれた!
背中を見ながら、距離を詰めないように付いていこう。背中を見れるだけでも幸せだからと思っていたら、振り返った!!!!!

あああ! こっち見てる!

私の心臓はバクバク。

思わず走り出す。尻尾を持ってなくて良かった。
もし尻尾があったら、思いきりブンブン尻尾を振って走っていた。

笑顔で待ってくれているあのヒト! 近づくまでの数十メートルがどんなに幸せでどんなにドキドキしたか。

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いつものあのヒト…ではなかった。

師匠が亡くなって以来とはいえ、そのときは、マスクをされていた。
数年ぶりにマスクを外したお顔を拝見できた。
白いモノが混じる。あ、年齢を重ねられたなあと思う。

しまった。私も歳をとった。私は、括っただけの髪型やすっぴんの顔を恨めしく思い、マスクを外す勇気がでないままだった。

なんと、なんという圧倒的な佇まい。
そして、たぶんこんなことを書いたら困惑するだろうけど、美しさの極致がそこにはあった。
色が白いから、とか、まつげが長いとか、そういうものではない。
一つ一つ属性をそぎ落としても、そこに屹立する「美」。
以前の若々しいあの方も素敵だった。
今日のあの方は、神々しいまでに美しかった。
内面から、にじみ出ている何か。

私のような人間が声をおかけしたら罰が当たるかもしれない。
というか、話した内容も、何もかも私はどこかで遠くで聴いていた。
ただただ、圧倒されていた。

失敗続きの人生だけど、辛いことの多い人生だけど、あのような方と知り合えたことはなんと幸運で素晴らしいことだろうか。
それだけでも、十分に私の人生にも価値があるということだ。

本当の美とは、若さでも飾り立てた外見でもない。
歳を重ねて、人生の終盤にいることの覚悟と自覚。
諦めでもなく、調和してそこにいる。
そのことが圧倒的な美を生み出す。

なんと。

なんと人間は素晴らしい。
あのような年齢の重ね方があるとしたら、それは希望。
老いていく、死んでいく運命の中で、そのことを学ぶ。

ありがとうございます。

お元気で。お元気で。

私も、転びつつ傷だらけになりつつ、生きる限り生きていきます。

お元気で。
No.650 PERMALINK

brain rot

その他 2026/03/19(木) 21:53
brain rotというネットミームがある。腐った脳という意味である。
というか、ちゃんとした英語なら、rotten brainというほうが良いとは思うが。

子どもたちが、ブレインロットが、、、と話しているのを聞いて、「何?」と聞いたら正に腐った脳。
現代人は時間があればyoutubeやインスタグラム、Facebook、Twitter(X)で時間が溶けていく。
で、その時間、何も考えてない。そして、考えない時間ばかり増えて、何もしない時間ばかりになり、一日中、スマホの画面を見て、「脳が腐る」のだ。

おおお。まさに!

ここ数年、学生の劣化(大学を含む)をヒシヒシと感じている身としては、まさにそれだ! と思える。
見ても見てない、聞いても聞いてない。考えよと言っても考えない。
それも小学生レベルの話が通じない。ポカンとこっちを見ている。
それでも看護学生たちは「国試」があるので、食らいついてくるが、大学生は正直駄目だ。無能の集まりだ。
大学なんて、行くものじゃない…。よほど強い信念とかないと、結局脳が腐ってる。

通常授業から国試対策へと流れて行って、3月暇! になって、そのbrain rotを実感した。

それも自分自身でw
駄目だなあ。

いろいろ嫌なこととか、落ち込むことがあると、時間があるとグルグルと自分を責めて、落ち込むので、それの防止でゲームをすることがある。
簡単なパズルゲームなら、考える時間がなくなるのでちょうどよいのだ。
ぼーっとパズルを解きながら、時間をつぶす。
そういうことをしていた。

何か作業するときは、youtubeの料理関係か、旅関係をぼーっと流している。

時々、面白いのがあって、すごく役に立つなあと思っていたのもつかの間。
なんだか自分が「考えない人」になっていることに気づく。
あ、考えてないなと、娘との会話で思う。
以前だったら、知らない単語(例えばbrain rotもそうだ)が出てきたら、「それ何?」といちいち聞いていた。
最近は、聞こうかな、わからんなと思いながら、スルーする(めんどうくさくなった)。
あ、この面倒くさい感じって、考えることがめんどくさいってことなのでは!!

やばい。

そう思って、ゲームを全部アンインストールした。
日記を読み返すと、3月は必ずやってる。ゲームしまくって、反省して、アンインストールの流れw

youtube も時間を決めてみるようにしている。
ながら作業をしない。
片付けや単純作業であっても、音楽を流すにとどめている。(にしてもyoutubeには、なんとたくさんの音源があることだろう。何十年かぶりにナルシソ・イエペスの演奏を聴いた)
というのを昨日(!)からやり始めている。
片付けは相変わらず進まない。部屋中のガラクタをどうにかせねば。

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本を目で読まなくなった。
耳で読む。
しかし、よほど興味がないと耳で聞いてわかるのは至難の業。
いくつか脳科学の本を聞いたが、たぶん半分も理解できてない。
断片的にカオス理論と心の理論とかそういうのが残っているだけだ。
以前はもう少し理解できたのにと思う。
年齢もあるのかもしれない。
もう、読める(聞ける)本の数は限られているのかもしれないとおもうとゾッとする。

しかし、何よりこの数日(一か月ほど)は多分にbrain rotだろう。
ネットから離れて、自然を相手に作業して、きちんと紙の本も読んで勉強しようと思う。

というわけで、脱brain rotをがんばります。
No.649 PERMALINK

西日本女子

2026/03/09(月) 22:03
先々週は、九州で西日本女子大会だった。
新錬士の演武というものがあるらしく、希望者は〇を付けて申し込むように書かれていた。
一緒の立で仲良しになった看護師さんの女性とメールのやりとりをして、「一緒に出よう!」ということになった。
だって、一生に一度のことだしね。(この時点で、たくさん演武者がいるという想定だった)。

西日本女子大会は、ひな祭り前後の日曜に開催される。
女性のみの参加で、だいたい400人から500人の参加を見る。
今回は447人。

前の週になって連絡が来て、「演武者に選ばれました。つきましては前日練習があRます」だと!!
プログラムを見ると、演武者の名前があるが、〇〇先生と、また、ここでも先生呼ばわりだ。やば。

前日も行くなら、二回も往復となる。そりゃ面倒だ。話を聞いて、一緒に行くはずの盟友Sさんが「私も泊まる」。
で、宿泊先を探したが、ない!! いやあ、そりゃあるけど、その日は一泊3万円とかしか残ってない。
しかたなく、30キロほどこちらに戻った場所でビジネスホテルを予約。2部屋。

次の日見たら、もう一杯になっていたから、運がよかった。

Sさんは、錬士だが、彼女が新錬士になったときはちょうどコロナで新錬士のお披露目はなかったらしい。残念がっていた。
ちなみに想像していた新錬士がずらっと並んで、一次審査の間合いで一手(二本)引くんだろうというのとは違った。
なんと、たったの5人。それも「着物」で、それも「定めを取る持ち的、但し取りかけの間合いで」というもの。
げげげ。錬士の二次審査ではあーりませんか!! いっちゃん面倒くさいやつ。
それも、黒の五つ紋で。


二人で朝10時過ぎにこちらを出て、古賀SAでラーメンを食べて道場へ。
Sさんは遠慮して外から練習を見る予定だったようだが、なんと福岡県の会長(女性である!!)に声を掛けられ「あら、見学なら中で見て頂戴」とのことであとから入ってきた。

さすがに予定の1時間前では私しかいなかった。
私は5番(オチ)で、一番目立つ&重要な役回りである。
道場のほうにちょっと行って、奥行きと歩く歩数を見ようと思って覗いたら!

デカデカと演武者の名前が墨書してあった!

人生でこんなに大きく自分の名前を墨書してもらえることが、今後あるだろうか。
空前絶後だと思う。わー、すごいとみていたら、会長が「記念写真ばとっときなさいよ」と声をかけてくれる。
この日、4人が前日稽古に参集したが、4人で一枚と、Sさんと私の名前を囲んでツーショットを撮ってもらった。

落ち着いたら中るんだから、落ち着け!
そう言い聞かせて本番。

とてもおいしい朝ごはんで、ウキウキでSさんと出かけた。
思ったよりも風は冷たい。

本番は、まあまあ体配も合ったかなと思う。
何より、二本入れました。束中です。(二本とも中ったときは束中ということが多い)。
1.〇×
2.〇〇
3.〇×
4.××
5.〇〇

大会には、何も関係ないのですが、二本入れたことで、大いに皆さんに褒めていただきました。
私も今回は大会よりも演武が重要だったので、もう終わったら腑抜けみたいになっていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
大会は、6本。
〇× 〇〇〇× で四中。
残念ながら、3位まで入賞で、5中が4人いたので、選外でした。
しかし、最後抜いたのは、皆に笑われました…(´・ω・`)
気合が抜けてたというのです。
実は、「あ、これが入ったら入賞かな」とかそういうことを考えてしまいました。
欲が出たんですね。
なんかもう、全然ダメな射でした。

ちなみに、Sさんは5中。
称号者の部で射詰が行われ、なんと2位(一位は地元の教士7段)。
すごいなあ。Sさんはすごい。(彼女は全日本でも6位だった)。
参加賞は靴下w
演武の記念には、干支の博多人形をいただきました。(Sさんの賞品も同じものだったので、お揃いです(^^)/)

Sさんのおかげで、すごく楽しい二日間でした。






No.648 PERMALINK
私は運がいい。
運動神経は人並み以下だが、それでも、「続けることに意味がある」と武道をやってきた。
少し弓道で天狗になりそうなのを、隣県のM先生にしっかり教えてもらって鼻を折られるようにしているが、そのM先生も「上達したわねえ」と言ってくれる。
それはうれしいが、私にとっては危険信号である。
何もかにもうまくいくというのは、ヤバイ。
・・・・・・・・・

そういう理由もあって、なぎなたを辞めないでいる。

たぶん、昔の私だったら、ブチ切れて辞めていただろうと思う。
「あなたね、身体の使い方が全然なってない。基本ができてない。弓道だって、碌なもんじゃないと思うわよ」とか、大切なM先生のことも「M先生はわかってない」と貶す。
M先生に関してだけは、私はそうは思わないし、今そのことは関係ないのでそういう言い方は辞めてくれとは言った。
私が身体の使い方がなっていない、基本もわかっていないのはある意味本当のことだろうなとは思う。
だからこそ、稽古を続けているし、そこまで落ち込むことはないが、やはり否定され続けるのは、気が滅入る。

広島で3段の審査だった。
受けたくないというのを、同じ道場から3人受けるのでということで仕方なく一緒に受けた。
受けることが目的ではなく、受けるために努力することが目的である。
だから合否はどうでもいいのだが、見事に三人とも落ちた。
(ちなみに三段は、弓道なら錬士五段と同じ。指導段位ということになる。)

学科は100点満点中97点。
実技がやはりダメだった。

ずっとがみがみがみがみ否定され続けて、のびのびとなぎなたを振れるはずもないなあと、ちょっと冷静になってわかる。
なんなら、なぎなたを触るのが苦痛だ。
稽古に行きたくない。
また、怒られるなあと思いながら、自分自身を叱咤激励してなんとか土曜の稽古に向かった。(今日。先週は休んだ)。

先生は調子が悪いらしく、ガラガラ声で「今日はしんどいので帰る」と言いながら、私たちに「あなた方は基本がまるでできてない。引き立て稽古も待ったわかってない」と散財Nって帰っていった。

三段落第組の三人で、今日は教室を運営したのである。
先生がいないと少し楽に呼吸ができるし、少しうまくなったような気がするねw

もう少し頑張るかなあと思う。
どこでも「先生」と言われて、どこでも指導段位になったしまった今、なぎなたは別の意味で貴重である。
叱られるのが必要なのである。
しんどくなったら、少し距離をとればいい。

いつでも逃げられる。

自分自身に「まだまだ」と言い聞かせ続けるためにもなぎなたは重要である。
と言いつつ、あまりにしんどかったら、逃げるけどね。
まあ、ぼちぼち。
次の稽古はだいぶ先。
No.647 PERMALINK

腕輪念珠について

その他 2026/02/20(金) 10:04
壊れていました。
珠が欠けるとかではないですが、ゴムが劣化して持ち上げようとした手の中でぽろぽろと崩れてきました。
これは、思い出なのかなと悲しく思ったけど、前を向いて歩くということは、こうやって古いものが無くなっていくことなんだろうなと。
たぶん、差し上げたものも寿命です。珠は大丈夫ですが、組み替えてゴムを通す手間を考えると供養してやったほうが良いと判断して、天珠の部分以外のところは、山に撒きました。
役目を終えたパワーストーンをゴミに出したり、他人に譲ったりするのは私にはできないので、どうすればいいか専門家に聞いたら「土に還すといいよ」との答え。
ありがとう! と言いながら山と家の周りの草原に撒きました。

実は、いつか会えるようにと3年間欠かさず身に着けていました。
会えないのだなあと悟ったとき、手にパワーストーンや飾りをつけることを一切やめました。

他の石たちはまだ、手元にありますが、「長いことありがとうね」と箱にしまってあります。

あんなにじゃらじゃら着けていたのにねw

着物の着方も、前は「正統」を意識していましたが、すっかり自己流になりました。
服ってそういうもの。着たいように着ればいいと思っています。

こうやって変化してくんですね。生きている限り。
でも、いつまでも、あなたのことは忘れません。
ありがとう。
No.646 PERMALINK