弓。

週に2回行くのが精一杯で、尚且つ一回は30分くらいしかできない。
けど、行く。それでも行くのだ。
今日などはくたくたのヘロヘロで、弓道場に転がりこむ。

「ちょうどあなたの噂をしてたのよー」と先輩方が笑う。

遅くてすみません。
頭を下げて、道場で弓を引く。
90歳の先生、師匠、先輩、仲間たち。

12.5キロの強さの弓はもう、自分には物足りない。
もう少し強いのが引きたいと思うが、参段はこれで行こうと思っている。
弓の理合を考えながら、その通りに自分の身体を律する。
しかし、「中てたい」という気持ちが出ると、的にむかって若干傾く。
それを「掛胴」というのだが、まさに、その状態になっている。

自分自身では、真直ぐ離れているつもりが、若干動く。
他の種目の時と同じだ。一瞬の無意識の動きがすべてを台無しにする。
中てることが目的ではないのだと、本当にしみじみ感じる。
中れば嬉しいが、中るか中らないかではなく、身体のコントロールのための心の状態を学ぶのである。

身体を頭でコントロールするのではなく、身体は心だから、心をコントロールする。

中てたいとか、弓返りしたいとか、色々なことを考える間は、「我」である。
ただ引く。ただ離れる。

我がなくなって、矢が思う通りに的を貫いたときのすばらしさと言ったら!
(もっともそのすばらしさを味わいたいという「我」がまた出てくるので問題ではあるが)。

ただ、今日はあまりに疲れすぎていて、どうもぐらぐらと動く感じ。
本当は、横になりたい。何か食べたい。
水分もあまりとってない・・・。
お腹がすいて、喉が渇いて、眠くて、足がだるくて、もうだめだなと思いながら、射場に立つ。

良いんだ。良いんだ。
フラフラとしながら、身体を感じる。
しんどくても、辛くても、これが私の身体である。

そう思うと、まだやれると思うし、やろうと思う。

弓の時間は本当に貴重で嬉しい時間だ。
感謝しながら、美しい新緑に癒される。
ありがとう。

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