二日間の稽古を終えて、昨夜無事帰宅しました。
二日の不在で、台所や洗濯物が・・・(ーー;)
最低限のことはやってくれますが、どうもこれでは。
というわけで、昨夜と今朝は家事に追われました。

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やるしかない! ということを改めて感じた稽古です。
できるのです。できるけど、次を知りたい。
次を教えてもらわなければ、意味がない。
そういうことです。
そして、「私だけ」ができても、教えるわけにいかないのでしょう。
仲間が上がってくるのを引っ張り上げねばならない。

努力でも、経験でもない世界で、たまたまラッキーで「できた」私ですから、どうして良いかわからない。

ただ、回数を重ねるにつれて、先輩方が「え? できてるじゃん?」という反応になり、徐々に私の助言を真面目に聞いてくれるようになりました。
もちろん、一回でできるわけではないので、その精度を上げることは必要ですが。
(「武術」であるという大前提を、だいぶ多くの先輩方や仲間が理解してくれるようになりました)。

その点では、心穏やかな稽古でした。
イラつくこともゼロではないですよ。
自分ができないことにはイラつかないですが、私を「避ける」人にはイラつきました。まだまだ心が狭いのですね。

もっともっと稽古したいと思います。
皆さんが、上がっていくことで、次の段階にいけます。

稽古に来れない有資格者を気の毒に思います。
稽古に来ない有資格者を軽蔑します。
(まあ、後者はもう仲間ですらないですが)。

できる・・・といっても、相対的なことで、まだまだだと思います。
そして、師匠が「基本技が一番難しい」とおっしゃるとおり、基本技がまだできていない自分がいます。
さいわい、稽古相手がいます!!

次の稽古で、師匠に今以上に認めてもらえるように(そして、次の段階を教えていただけるよう)、努力します。

今日から、また一週間仕事がんばります。
土日が忙しかったので、ちょっとだけ疲れがw
しかし、今週は弓が二日もできません。(先週までは毎日最低1時間以上引いてました)。
すこーし暇な一週間・・・かな。

メイン武術の稽古も始まっています。(プレですが)
幸せだなあと思います。
あのヒトに会えない以外は、とても幸せです。
道場のノートを繰って、お二人の名前を見つけて、なんとも言えない気持ちになりました。
でも、もうすぐ今年も終わるでしょう!
がんばります。

月曜日、火曜日は祝福されて気分が良かった(^o^)

で、昨日。
やっと射会が終わって初めて師匠に会う。

「ごめんねー」と師匠がまず謝るので???と思っていると、「本番見れなくて」と言う。
そうだった。ずっと師匠に介添の指導を仰いでいたのである。
師匠は射会は用事で来ないということだったのだ。
(いやいや、師匠に見せられるレベルのモノではなかったので、休んで下さってありがとうと思ってた)。

どうだった?

まあ、何とか(^^ゞ

というありきたりの会話をしていると、後ろから「あ、先生、この人二位ですよ!」と言う。

は!? 師匠が目を丸くする。
そんなのはズルいね。あり得ないね。と信じられないーと何度も言う。

どれ、じゃあ、射を見せてごらん。

一番怖い台詞が師匠から飛び出した・・・。

うわあ。

師匠が後ろについて、黙って一手引く。
二本とも的中。

後ろで「うーん」(ーー;)と師匠が唸る。
右の親指が低い。
以前された注意をもう一度される。

え? こうでしょ?

私が作って見せると、「そうなってなかった」と口をへの字に曲げる。
確かに、的中とは言え、4時5時のスイカの皮部分にかろうじて刺さっている。

もう一手見てて下さいますか?

頼み込んでもう一手持ってくる。

今度は、弓手の親指を気にして気にして丁寧に引く。

あ。的中! 二本とも!!
それも、的の中のほうである。

師匠を振り返ると、ニコニコしながら「やればできる子だね。よしよし」と笑顔になる。

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ちょっと的中トレンドに入ってるかな。
でも、メイン武術と同じで「今日はできても明日はできない」。
「今できてもすぐ後にはできない」。
(ToT)

「できる」を徐々に増やしていくだけである。
それも、一歩進んで二歩下がる、三歩下がる・・・という日々の中で「上達」がわかりにくいのである。

信じて続けるしかない。
続けます。
緊張のあまり、食べられない、眠れない一日。
自分がこんなにメンタルが弱いのかと呆れるとともに、「ええかっこしい」な本質も垣間見えて嫌になります。

それでも、ドキドキしながらでもやり遂げることに意義がある! と思うのですがw

脚はフラフラ、パンパン。
頭はグルグル(次にやることをずっと復唱していました)。
手は軽く震えていましたし、まあ、情けない。ボロボロでした。


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射会が始まるころには、「帰りたい」という気持ちでいっぱいでした。
仲間に「帰って良い?」と聞くと「バカ」と笑われました。
天気が良かったからなのか、なんと120名の参加でした。
人、ひと、ヒト、hito・・・もうヤだ(ToT)
私は人混みが苦手です。もう無理。
疲れているし、寝てないし、食べてないし。

介添をやった人間は最後の立ちになります。
相当待たなければいけません。
若いときには弓はできなかったろうなあと改めて思います。
私はせっかちなので、このジッと待つのが苦手。
ごそごそ動く多動の子どもなんですよwww
暇なので、他の人の射を見ますが、仲間が「この調子だと皆中!?」という中、最後の一本を外したりしているのを見て、たったの四つ矢なんだから、のびのび引こうと思いました。

なので、礼射とは弓を変えて「マイ弓」を出してきたのです。

一緒に介添えした人間が「おお、チャレンジするんだね!」とニコリとします。
彼女は私と同じ立ちです。

中てようとは思いませんでした。
気づいたら、4射3中。

女子は皆中(4射4中)がいなかったために、「射詰め」という優勝決定戦となりました。
生まれて初めての射詰めです。
これは作法から、手順からわからないまま指示に従ってやりましたから、最初から勝てるとは思いませんでした。
あっさりと、大先輩が的中させてしまい終了w

あとは、順位決定は「近寄せ」です。
一つの的を皆で一本だけ引き、的の中心に近いほうが勝ちます。
近寄せは、なんどもやってるのでまあ、なんとか。

私は的中? まっすぐ飛んだ矢は的に吸い込まれた様に見えたのに音がまったくしません。
??と思いながら、判定を待ちます。
一人だけ私が的中でした。
なので、全体では二位です。

音がしなかったのは、誰かがあけた穴に入ったから、的紙を破る音がしなかったからでした。

初めて個人で賞状をもらいました!(入賞はしたことがありますが)。
わー、緊張したー。
最初から最後まで超緊張の一日でした。

でも、ちょっと嬉しかったです。
いつか、優勝できると良いなと思います。

明日は月例射会である。
いつものように、楽しく中てっこして帰ることはできないのである。

介添という役を仰せつかった。
四段以上はやるものらしい。

で、稽古をしてきたが・・・。
射手の黒子として、文字通り黒の紋付きで控え、私は第二なので矢の処理と矢を運ぶ役目を担う。
全体として二〇分程度の「矢渡し」という行事であるが、正直難しい(ToT)。
手順を覚えれば簡単なのだろうが・・・。

大失敗をしないで済むよう祈って下さいm(__)m
小失敗は、ある程度仕方ないっす。

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弓の醍醐味は、こういう礼射の作法にもあるのだと思うが・・・。
もっとも、大勢の注視の中やるということは、精神を鍛える意味では重要だっったりする。
今から緊張しているが、また射場に入ったらもっと緊張するのだろう。
介添が終われば、着替えて普通に射会に参加することになるが、師匠からは「射会のほうはまあ、諦めなさい」と言われている。
介添は脚がパンパンになるのだ・・・。中腰の蹲踞でずっと待たねばいけないので。

まあ、それもこれも経験だとは思っている。

段位を上げることに、何の思いもない。
(もちろん、私にパワハラをやったある指導者が五段錬士なのでそれは超えたいとは常々思っているが)。
しかし、先生方の期待には添いたい。

緊張するー。
先々週に見学に来た夫婦者。
結局、来られなかった。
先週は祝日で休みなので、嫌な予感はした。
「鉄は熱いうちに打て」というが、一週間以上開けると、家でぼーっと過ごすことの安楽さが身に染みるのである。
たぶん、今日は来ないんじゃないかとちょっと思ってた。

先生はとてもガッカリした様子だったので、「きっとまた入門者が来ますよ」と気休めを言う。
いや、気休めではなく、本心だ。
まあ、私のほうはボチボチ稽古している。

なぜこんなしんどいことを、お金と時間をかけて取り組むのだろうと思うが、私にとっては、相手と向き合い真剣の中に「生きてる」という感覚があるのだ。

もちろん、空手でも良いのだが、「生きてる」というよろこびよりも打ち合う痛さのほうが優先してしまうので、古武術の型稽古のほうが・・w(痛いのは最近ちょっと無理だわ)。
毎週、そのことは感じていたが、昨日70キロほど離れた他市での稽古会に参加して、しみじみ思った。
まったく知らない相手と向き合い、深く時間と場所を共有して「生きる」。
その時間だけは誰よりも濃い時間を共有しているなあと思う。

もちろん、初心者はこちらの攻撃を想定していないのかこちらへの集注が薄い。
向かい合っても、ここに居ない人はたくさんいる。それは型稽古の弱点。
でも、その道場の指導者はまっすぐ突き刺さるような気迫(氣)で向かってくる。

身長150センチそこそこの老人に、どうしてこのような胆力があるのだろうと、毎回感嘆するのである。

ウチの先生もすごいが、そのうちの先生の兄弟子に当たるI先生は小柄であること、非力であることの中で技を磨いてきた。
ウチの先生よりも九つくらい上の筈で、80近い老人である。
普通に見れば、優しい物腰の柔らかい方である。

でも、技は素晴らしい。
ほれぼれする。

多分、この人は、どこにも名前が残らない。
それでも、弟子を育て(I先生の道場は超格安である)、弟子に慕われ、そして舞台から姿を消すのだろう。

弟子の記憶の中にだけ残るで良いと、決して表舞台に出ない。
しかし、全うされた人の風格と威厳がある。

この先生が動けるときにお会いできて良かった。
私は女性としてはちょっと大柄だが、男性と対等かというと、不利に感じていた。
小柄なI先生は、私よりも不利であるが、それを物ともしない。

太刀も、杖も、のびのびと。
道場では先生は大きく見える。

世の中には色々な人がいる。

私もこのように密かに咲いて、密かに散りたい。
師匠から言い渡された稽古。
一人で、イメトレをする。
師匠の手の感触とか、意識の感じをイメージして頭の中で動かす。

が!!

今日は(今日も?)ボロボロであった。
Sさんが、あれ? と首をかしげます。
いつものようが良いらしいです。

この数日の一人稽古(イメトレ)はなんだったの?
自分でもわかります。頭を使おうとしています。


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師匠は一人稽古しなさいと言うけど、どうしたら良いのか。
五里霧中とは、このことだろうか。

イメトレをやればやるほど、下手になる気がする。
イメトレではない一人稽古ってどんなだ??

わからない中で、やり続けなければいけない。
もう、やるしかないのだ!!

こんな私がいつか掴むのだろうか。
不安で悲しい気持ちになる。