定期試験中で半ドンの息子に、昼飯を作る。
普段あまりまともに料理しないので、ちょっとだけがんばる(^o^)。

で、二人でささやかなごちそうを平らげて、弓に出かけるまでの小一時間。
雑談をしてた。

息子とあまり話すことがない。
普段はすれ違いが多い。
まあ、人生観とか彼女のこととか将来のことを聞いたわけだが、一番驚いたのは、音楽。

意外なことに、彼は音楽、それもクラシックが好きなのだという。
興味を持って話を聞いてくれる。

バッハはね。
神さまのための音楽なんよ。
だから、荘厳でしょ。

モーツアルトとかは、違うの。
貴族のための音楽。
だから、華麗で、典雅。

・・・なーんて話を、二人でしてた。
ドビッシーはどうだとか。
19世紀になると、「民族」の音楽がでてくるのだとか。
国民国家の話とか。

ねえ、どうして「G線上のアリア」って言うの?

私は、待ってましたとばかりに、バイオリンの知識を披露する。
(ちなみに、一番手前の一番太い(従って低い)弦であるG線だけを使って演奏するから、「G線上のアリア」なんである)。

弾けるん?

得意げに説明してから「しまった・・・(∋_∈)」と思う。
う、うん。

へえ。ちょっと羨ましそうな顔になる。
弾いてよ。

いや、もう弾かん。
なんで?

強制されて嫌だったから。

ふーん。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あんなに稽古したのになあ。

私は父母と音楽の話をしたことがない。
もし、両親が少しでも音楽が好きだったら、どんなに救われただろう。
この曲が好きとか、この演奏家が嫌いとか、指揮者によって同じ曲でも全然違うとか。
そういう話は、ぜーんぶ私だけの心の中にあった。
誰か他人に今まで話したこともないし、話そうとしたこともない。

私にとって音楽はただひたすらの練習であって、時々沸き起こる「好悪」とか「善悪」は無意味だった。
楽譜通りに、直立不動で弾くこと。ただそれだけが求められたし、どんな内容の稽古であっても一時間だった。
だから、毎日その一時間が来るのが苦痛で苦痛でたまらなかった。

私は表現したかったのに、子どもがそんなことはしなくて良いという方針だったので、無味乾燥にただ弾いた。

後に、成人したあと、父が拾ったボロボロのバイオリンを手入れして音が出るようにして、父に三〇万円のバイオリンと比べさせたことがある。
(一台だけ、高級バイオリン(庶民としては)を捨てずに取っていたのだ)。
私がボロを弾いて、妹が高いバイオリンを弾いた。

後ろを向いてた父は、ジッと考えて私のバイオリンの音色を選んだ。

今思えば、バイオリンの音色というのは、複雑な楽曲では際立つが、ベーシックな曲では演奏者の腕のほうが重要なファクターである。
そして、妹のほうが技術は上手だったが、妹は「歌う」ことがなかった。
私は、思いの丈をを込めてボロバイオリンで「歌った」。
父が私の音色を選んだとき、ちょっと復讐が果たせた気がした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そんなことを思い出しては、弾きたいかもしれないと思った自分が可笑しい。

あれだけ熱心に取り組んだクラシックギターは、もうやろうとは思わないのに。
息子といつかコンサートに行ってみよう。

音楽が友になったら、幸せだろうと思う。

2018/11/29(木) 23:23 日常 PERMALINK COM(0)
2018/11/28

30回目。
先日指摘された肘の問題と取り組む。
少々早く行って、竹弓を引こうとしたら師匠に止められた。
もう少し待て! とのこと。

なので、13キロと15キロを代わる代わる引いてみた。
全部、的の前に固まる。矢所が安定しているのはいい。
的中は多くはなくても、大丈夫。


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 一立ちめ ○  ×
 二立ちめ ○  ×
 三立ちめ ×  ×
 四立ちめ ×  ○

  ★(ーー;)うーん・・・。半矢は行きたかったなあ。
   他の人が調子良かったので、嬉しいが、私もその波に乗りたかったぞー。

   H先生から「離れのときに、身体がぶれなくなった」と言われる。
   期待してビデオを見たが、以前よりマシというレベル。まだまだ。
   しかし、徐々に徐々に、少しずつでも進歩があるのは嬉しいことだ。
   弦を「かえる弦」という廉価なものに変えたのだが、これが弦音がとても良いので、気に入ってる。
   甲高い締まった音がする。
   この弦は、ファンになりそうだ。

   竹弓用には、麻弦と言われたが、弓具屋さんに相談したら一部が麻になってるモノを勧められた。
   お高いが、仕方ない。購入である。まだ使ってない。

   体配もとても気をつけるようになった。
   が、まだまだだなあと思う。
   あとでビデオで見ると、「誰だ、この下手くそ!」とちょっとイラッとするレベル。
   まあ、私が一番弓歴が浅いのであるからして、焦っても仕方のないことだと思う。

   来年、五段の審査の日程が貼り出されていた。
   わー。がんばろう!!(^o^)
2018/11/28(水) 20:57 K会記録 PERMALINK COM(0)
アニメの話。
何のアニメかとか、どのキャラクターかを言っちゃうとヤバいので、伏せます。

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一瞬の回想シーン。主要キャラの女性が心を寄せた男性。

声が出た。
あのヒトにそっくりだった。
言葉にならなかった。

どうして?

録画していたので、何度も戻して見たが、そっくりだった。
そんなにあのヒトの顔は一般的なのか・・・。
いわゆるハンサムであるが、眉といい、目といい、鼻といい、ああもうそっくり。

一人で見てて良かった。誰かと一緒に見てたら、「どうしたの?」と聞かれるところだった。

しばらく動悸がして動けなかった。
ドキドキして、自分が忘れようとして敢えて思い出さないようにしているのだということに気づいた。
思い出したら、こんなになっちゃうんだ。
ドキドキがしばらく止まらなかった。
気を取り直して、やっとの思いで弓へ行く。

ドキドキが終わると、幸せな気分になったので、良しとしよう。

でも、そっくりなアニメキャラでもこんなにドキドキするのに、本当に会うことがあったら、どうなっちゃうんでしょうか。
いや、考えまい。

今日も私は元気です!!



ある人のブログを読んでいて、ちょっと軽くキレたので、反論のブログを書こうとこの数日もくろんでた。
普通は、「反論」を書いてすっきりするところだが、書きあぐねていた。
茶化しに、茶化しで返すのもアリだが(というか、面倒なので、だいたいはそうする)・・・。

「昨日今日はじめたにいちゃんねえちゃん」の私は、思うんですよ。
誰でも、最初は「昨日今日はじめた」わけじゃないですか。
それを書いている当人だって、最初はそうでしょ?
そういう人を腐すことは、自分にブーメランなんだがなあ・・・。

昨日今日はじめたねえちゃんの私は、だから「やる」のだと改めて思う。
昨日今日はじめた人にはわかるまいというのは、自分がわかっているということの裏返しであってそれは「奢り」だ。
師匠のすごいところは、「オレも全然だ」と本気で言うところだ。
先生に比べれば、オレはまだまだと、本気で言う。

ああいう書き方をすることで、語るに落ちている。

いや、彼の傲慢を批判することはよそう。
私自身は「わからない」「できない」からやるのである。
わかろうとして、できるようになろうとして、努力する仲間と一緒にいることの幸せがあるからやるのである。

まさに「無知の知」で、できていないことがわかっていることが大事なんです。
もし、万が一できたら私は道場にいないと思う。
そんなのつまんない。

できないから、できるようになりたい。
わからないから、わかりたい。
この一方的な片思いが、私の原動力だ。
それは、メインの種目に限ったことでなく、他の武術でも・・・だ。

未熟だからこそ、稽古する。
稽古すればするほど、自分の未熟さがわかる。
だから、もっと稽古する。
それは、困難でもないし、苦しくもない。
私にとっては、嬉しくて、ウキウキして駆け足で通っていくような感じだ。
苦しいことから逃げるなんてことは一つもない。
そもそも苦しいことは、何もない。

美しい道場の一日を大切に過ごす。

あ、でも、今日からまた一週間。
仕事もがんばります。
23日から、びっちりのスケジュールでしたが、大丈夫でした!
一番、楽しかったのはやっぱり稽古でしょうか。
朝9時から午後の5時まで、昼は30分だけの休憩で、ずっと稽古でした。

朝、7時に家を出ると、しろ子さんのお墓に供えた水がバキバキに凍ってました。
もちろん、車の窓もガチガチに凍ってて、出発が数分遅れました(ーー;)

晴れているのに(晴れているから?)気温は全然上がりません。
道場から見える、真っ青な空が宇宙につながっているのだと心から思いました。
そして、小型のジェット機らしきものが、轟音を立てながら横切っていきました。遠く遠くを。

本当に美しい一日を、半分外の道場で過ごす。

風は冷たく、外に見える日射しは暖かそうですが、道場内に差し込むことはありません。

五段受審の人が集まる中、私が一番の若輩です(いつ四段を取ったかということが重要になります。最長では平成20年に取得の人がいました。)

身体は辛い。緊張もする。
場を読む。合わせる。疲れる。
グルグルと射場を回りながら、最後の立ちが前射場だけなのはもったいないということで、「誰かやりたい人いる?」「希望者どうぞ」とのこと。

私は彼が言い終わると同時に「ハイ!」と手を挙げたが、私の他の先輩方を押しのけての挙手であって、ちょっとまずいかなと見渡す。
目の前に、遠くから来ている五段受けの面々がいたので「どうぞ」と言ったら、なんだかモジモジしてたので、指導者を見て「やります」と改めて手を挙げた。

私はこういうのはきらい。
やれるチャンスがあるのにやらないというのが嫌いだし、疲れてやれないとか、脚が辛いからやらないというのなら、それを言えばいいのだ。モジモジしている彼女たちは、もっと強く勧めればやるのだろうが、そんなに私は優しくはない。私は一度はちゃんと先輩たちを立てて、ちゃんと聞いた。だから、もう遠慮しないぞ!
ということで、他の人よりも多く稽古ができてhappyだった。

道場に入りながら、指導者の注意点に集注する。
なるほど、なるほどと、色々と思うことある。
最後の二本は、的のすぐ上にチョンマゲとなってしまったが、指導者は「うん。すっごく良くなった!」と太鼓判を押してくれた。

最後、片付けをしながら「幸せだなあ」と自然に笑みがこぼれる。
同じ志を持った老いも若きも(下は21歳、上は72歳)、一つの目標に向けて努力する。
指導者の言葉を聞き、自分の技術を磨き、周りの仲間と合わせて射を完成させる。

幸せだ。
そう思って、フッと我に返る。
オッといけない。私のメイン武術はこれじゃないw
でももしかして、まさか、弓がメインなのか?
グルグルちょっと悩んだが、次の日、刀の稽古に言って、やっぱり同じくらい幸せだったのである。
私は、道場にいて仲間がいればいつでも幸せで、ご機嫌なのである。

あまりに幸せだったので、今日死ぬんじゃないかなんて思ってた。
大丈夫。まだ死なないみたい。
幸せに、日々を走り抜けます。

さて、来週は武道祭。
がんばります。
お元気ですか?
いい夫婦の日だそうです。
あなたを思い出します。
いえ。正確には、あなたとあなたの奥さまでしょうか。
いい夫婦といえば、私たち界隈の話題と言えばいつもあなた方でした。

私は見てるだけでよかったのに。
神さまの悪ふざけでしょうか。
私を師匠に出会うように仕組んだ壮大な罠なのかとも思います。

だって、あなた方と出会わなければ、私は自分の狭い世界で小さく完成してたでしょう。
それはそれで、幸せかもしれないですが、他の世界を知った今、やっぱり今のほうがずっとずっと幸せだと思うのです。
あなた方と諍いを起こし、追放されて初めて知った世界もあります。

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今でも、「いい夫婦」と言えば、あなた方の名前が挙がってることでしょう。
ちょっと羨ましくもあり・・・。

あなたの優しげな佇まいと対照的な奥さま。
(いや、黙ってれば十分優しげですがw)。
これが、世に言うでこぼこコンビというやつかと、納得していました。

私は忘れてません。

あなた方がとてもまぶしく見えた春の日の風の強い日のこと。
とても二人はお似合いでした。

それでも、会いたいと思い、あなたの声を聞きたいと思う私はとても罪深いと思います。
地獄に落ちても、あなたに会いたい。
でも、まだ。
それはまだ、先。

今はただ、生きる。
精いっぱい生きます。

今日は月がきれいでしたよ。


おやすみなさい。
良い夢を。
Lala Salama!
2018/11/23(金) 00:10 あなたに PERMALINK COM(0)