また水曜日、木曜日と稽古できないので火曜日がんばって行く。
がんばってというのは、やっぱりあまり得意でない人がいるともう精神的に弱い私はシンドイ。
それと、滞在時間の割に数引けないのがイヤなんである。
1立ち4本まで・・・だな。
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それでも、弓道の稽古はいつも(コロナ以前)と違って、毎日ゴリゴリ100射とかじゃないので、余裕を持って筋肉の回復がされている感じである。
相変わらず、筋肉痛はあるけど・・・。以前は、疲労していたんだなあと、その感覚が逆に懐かしい。
今は疲労するまで追い込めないし、さらに毎日引くことも無理である。
四人の礼射から始める。
1番(大前)は、私の最も信頼する弓友Sさん。
2番が私。
大前の後ろで、大前の呼吸を意識しながら、自分を無にして大前さんに合わせる。
ピタ-ッと合うのが気持ち良い。
しかし、3番が苦手な人だったのと、彼女は「合わせない」人なので、3番以降が乱れているのが気になる。
更に大前は二本とも的中させてくれて、気持ち良い!
私は・・・.三時ギリギリに二本とも外した。外したけど、高さはOKだし二本が美しく揃っているのでヨシと自分を慰める。
(道場に入ってすぐの射は、右手がするするで角見が利かないきらいがある)。
3番、4番は3番が一本、4番が土束。
終わってからSさんが、2番までは素晴らしく合ってたよね! と笑顔。
ええ。でも私の左が・・・。
でしょー。もう合わせる気がないのよ。そういう稽古をしているのよ。
えー。なんでー???(合わせろ合わせろといつも注意されている私としては、不可思議である)。
Sさんは、ちょっと不機嫌そうに「あの人は、「自分が上手」と思っているから「他人が自分に合わせるべき」と思っているんですよ。実はこの前もこんなことをがありまして」と私がいなかったときの稽古の様子を話し始めた。
教士の先生に見て頂けるようにお願いして、礼射をしたが、注意されても「やってます」と応えたり、失の処理を説明されたら、「○○先生はそうじゃないと言ってました」と反論する。我が強すぎて、アレではもう誰も教えてくれなくなるし、既にそうなっている。私たちも見てて不愉快だし、まず教士の先生に申し訳ない。
そうでしたかー。そういう人なんですよねえ。
・・・ところが、彼女は会の雑用を勝手に一手に引き受けるような人なので、それはそれでこの道場に必要な人という認識に皆がなっている。
それが、嬉しいのだろう。とうとう、「事務局」を引き受ける引き受けないの騒ぎになっているらしい。
普通は四段レベルの人は、会の運営には関わらない(お手伝いはするが)。
でも、やりたい人がいるならば・・・みたいな流れらしい。
うへー。
そういうことがやりたいんですかね? 権力欲?
そうでしょうね。なんかそういう肩書きが欲しいみたいな。理解しがたいですけど。
私は良く分からない。わからないが、何事かをなすとき、彼女を事務局として通さなければ行けないと思うと、ゲンナリである。
なるべく関わりたくないのである。
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そういうことをSさんと話ながら休憩をして、射場へ。
Sさんの射をそっくりコピーして引くと凄く上手く引ける!
そして、Sさんがいなくなると、とたんにだめになる!
結局集中力だなあと情けなく思う。
常に半矢くらいで、何かあると土束(的中0)になる。
なんだろうなああ。やっぱり我の問題だなあ
たぶん、私も我が強いほうなんだろう。
反省しきり。他人のふりみて、我が振り直せ。
とはいえ、苦手な人がいる道場は楽しくないものだ。