本当は大会とか、講習とか、稽古会でつぶれることが多いんだけどw
今日はコロナ自粛でなにもなくなったので、坐禅行きました。
無料ですが、心付けで100円+α置いて帰ります。
最初に読経が10分ほど。
坐禅は30分。線香が燃え尽きるまで。
ぜーんぜん無心になれないw
私はたぶん所謂一つの発達障害。
気にもしてないし、別に苦にもしてない。
ずーっと頭の中で、同時並行で三つくらいの思考が続いている。
他愛もない内容とか、まじなのとか。
そういうのって、所謂ハンディキャップらしいぜ。
知らんけど。興味もないし、むしろ私が「頭が良い」と言われるとしたら、そのせいだと思ってる。
ところが、坐禅のときはホーントにハンディ。
考えないようにしろとは言われない。
流れるように、流しなさいと言われる。
自分の呼吸に集中して、数を数える。
数える向こうで、今朝のことや、明日のこと、身体感のこと、コケの種類、読んでいる本のこと、がぐるぐる同時に流れていく。
落ち着かない。
なんとかなんとか、坐禅に近いものにしたいのに、ただ、半眼で考え事しているだけになってしまう。
畳の目を見て、左右に視覚を広げ、蝉の鳴き声に耳を傾ける。
少しでも自分の中が静かになるように。
少しも静かにならないまま、あっという間に30分が過ぎてしまった。
その後は写経。
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あはは。
今日も「世界はせまい」ということを感じた日。
途中で来られた女性に紹介されて、すぐにわかった。
腰が少々曲がり、年配だろう彼女は、かつての太極拳仲間だった。
あたしは続けてるよ。審査も受けてるよ。コロナでしばらく審査ないけどね。
あなたは、K先生のところに行ったんじゃないの? 辞めたの?
私はなぜ辞めたのかも良く思い出せなくて、曖昧に笑って「今は弓道家です」と頭を下げた。(久しぶりに聞いたK先生の名前に一瞬ひるんだというのも真実だ)。
というか、私が空手家だったことは覚えていて「空手は?」と聞くので「続いています。今は教えてます」というと「まあまあ!」と嬉しい顔になった。
なんで太極拳を辞めたんだっけ? 思い出しながら、苦い思いが広がる。
太極拳仲間には良くしてもらったなあ。なんで辞めたのか。もう二度と戻らないと思うと寂しい気持ちになった。
どちらにせよ、戻らない。
私には、ちゃんと稽古する場所があるからねー。まだ定着するかどうか未知数ですが。今のところは。
仲間を欲してるわけではないし、今欲してるのはK師(先のK先生とは違う)の気の使い方である。
でも、今日出会った女性が、太極拳を続けているのは良いな。
すばらしいな。
私も嬉しくなった。