やる気満々で、早めに道場についたら、道場の中に鉄パイプの足場がくんであって、照明を交換してた。

照明交換はいい。ありがたい。
けど、使う時間だとわかってて、やるか?
いや、業者の人は頼まれただけだろう。

「あと三〇分くらいかかりますー」と暢気に言われて、市役所に電話。

我々が使う時間というのは、そちらで把握してるはずですよね?
照明交換は仕方ないとして、どうしてあらかじめ連絡いただけないんですか?
何の為の連絡先ですか? 結構たたみかけた。

だって、門人にもう連絡しても車の中だ。
遅れて来てくれという連絡はできないし、鉄パイプの足場を組まれた横で稽古はできないしで、うちの門人たちは「良いですよ」とは言うだろうが、下手すれば信用を失う。
駄目じゃん?

市役所の人は、謝るだけで何もなし。
どうしてこうなったの? そっちで日程把握してないの?
わかりません。申し訳ありません。の繰り返し。

二度とこういうことがないように。
修理や交換といったメンテナンスはありがたいけど、稽古の時間とかぶるなら、連絡をあらかじめ下さいよ!
できれば、稽古時間じゃないときにやれるようにしてくださいよ!

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門人と隅っこで固まって、おしゃべりする。

門人はへーと聴いてくれるので、ついつい私がしゃべりすぎる。

今日は、感染症繋がりでマラリアについてしゃべった。
私もマラリアで、40度以上の熱が出て、死ぬかと思ったがなんとか生き延びた。
40度以上が3日続いて解熱する、そして1日2日あけて、また40度が三日。
三日熱とか、4日熱といわれる所以だ。
副作用の強い(更にクロロキン耐性のマラリアも増えたので現在刃あまり使用されていない)古典的薬剤。
そのせいか、消化器症状と、発熱で砂漠でのたうち回った。

実際に、滞在中、18歳の女性がマラリアで死亡した。
そういう話。
で、最近のニュースでWHOによると、マラリアワクチンができた! という話。
はー、へーと聞いてくれる。

だって今は日本にはマラリアもフィラリアもないけど、気候変動でいつ入ってくるかわからないし、フィラリアのほうは、南西諸島にはつい最近までいたんですよ?

えーイヌじゃなくて? 人?

そう。人。

なんて話をしてた。

足場を解体して持ち出すのに、やっぱり30分かかっていた。
掃除は自分らでやりますからと、工事のオジサンたちを追い出し、さっさと掃除をして稽古を始める・・・が相当時間をロス。
さらに、さっきの話だけど・・・と質問が飛び出す始末。

砂漠で死んだら、お墓はどうするの?

どうもしない。
8㎞先の病院で死んだ(頼まれて、私がお金を出してその子を連れて行ってもらった)女の子の死体は、部落には戻ってこなかった。
頼まれた人たちが、「暑いし、重いので途中で道の脇に置いてきた」という。
(ちなみに現地語なんで、私の拙い理解力ではそうだっただけで、もっと細かいニュアンスがあるかもしれない)。

どーゆーこと?

目を丸くする門人に、砂漠では我々の部族はお墓をつくらないこと、普通に死んでも道の奥のブッシュに置き去りにすること、だいたいハイエナが食べること、身につけていたものや日常使っていた茶碗などを道ばたに置いて墓標とすること・・・などを説明すると、えー信じられないという。

人を殺した事例もあったよ。

はー!?

道に迷ったか他部族の男が入ってきて、子どもと小競り合いになった。
子どもが石を投げたら当たって、男が激高して子どもを殴った。
子どもたちの仲間が加勢して、18歳19歳の男の子たちが杖でガンガン殴ったら死んだ。

えー? 殺人罪?

うん。すぐそのあと、ポリスが来たけど、皆知らないとしらばっくれてたよ。
でも、人を殺すっていうのは大変な(良い、悪いというレベルではなく、単に大変な)ことなので、そのための儀礼をするのだよ。3日くらいかかる。
いろいろあるけど、人を殺した男の子は、服を脱ぎ捨てて、集落の女たちの股の下をくぐって「もう一度生まれる」という儀礼をするんだよ。
女たちの股をくぐり抜けて出た先に、新しい服がある。そして、宴会をするんだ。
胸に入れ墨を入れる。一人殺したら一本。二人殺せば二本。
人を殺した証しが、胸に刻まれる。

はー。
別に悪いことじゃないのね・・・。

うん。男の仕事は「戦士」だからね。そういう他部族との小さな抗争や紛争を乗り越えなくちゃいけない。
そうするうちに、「殺す」ということもある。胸の入れ墨は、誇りでもあるんだよ。

マジか。

うん。マジ。

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おっと、時間がないよ。稽古しよう。

11月で3年になる。
やらねばならないこと、やってはいけないことは二人ともわかっている。
あとはやるべきことをやるだけだよと声をかけるが。

頭を使いすぎる。
身体を緩ませて使いすぎる。

合氣道でうちの理合いを試そうとしたら、「力みすぎ!」と言われたと笑ってた。
そりゃーねえー。うちの合氣道はふにゃふにゃだもん。
残念ながら、あれで良いと思っているわけだからね。
別物と思ってよ。

同じように武田惣角に習っても、植芝先生と堀川先生では全然違うものを身につけてしまったんだよね。
不思議だね。
我々は師匠の教えをしっかり守っていかねばね。
そう言ったら、ウンウンと頷いてくれた。
やはり、一度でも師匠の手を取ってみれば、本モノがわかるのだ。
連れて行って良かったなと思う。次はいつになるかわからないが。

おしゃべりが過ぎた稽古であったが、楽しかった。









No.121 PERMALINK