年内で辞めると決めてた。
猫のこともあり、心が鉛のように重い。
先生はいつものように優しく穏やかに迎えてくれた。
最初に私がお茶を点てる。
次に先生が点てる。
そのとき、私は猫のこと、弓道のことなどを話し、最後に、今弓道に専念したいので、いったん辞めますと言った。
先生はとても残念そうにしていて、最後、「長年かよって下さって、本当にありがとうございました」と頭を下げた。
先生ご免なさいと喉まで出たが、引っ込めた。
本当はその整体への疑念もある。
ワクチンデマを流した団体の一つなので、本当はそれも言うつもりだったが、もうやめた。
先生に言ったところでデマの元である京都の先生には伝わらないだろう。
これでオシマイ。
ただ猫の話は、「見事な去り方ね」と嘆息していた。
見事と言われて、私は少し救われた。
職業柄、救えなかった自分の不甲斐なさばかりがクローズアップされて、苦しみが重くなっていた。
ちがうよ。すごく立派な見事な死に方よと、先生は笑った。
きっと、あなたを待っていて、死んだのよ。
すごいわね。えらいわね。立派だわ。
涙が止まらなかった。
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先生は帰り際に大きなリンゴを二つ持ってきた。
どうぞ。と笑顔で渡してくれた。
稽古でなくても、いつでも遊びに来て下さいね。
やっぱり辞めたくないですと言いかけて、飲み込む。
もう続けられないのだ。
もう無理なのだ。
遊びに来ますね。
そう言って、辞去した。
先生がお元気でおられることを切に願う。
お元気で。
そして
あのヒトの筆跡の貸し出し簿をそっと撫でて帰った。
こうやって縁が消えていく。
さよなら。さよなら。