昨日(2021/08/23)は、朝1から授業だった。その後、Iちゃんの家で採点作業して、帰宅が午後6時近く。
そのまま、真反対の道場へ向かう。(結局昨日は、走行距離が200近くになっちゃった)。
で、帰宅が夜10時半だったので、そのまま家のことをして、山に登って風呂入って寝た。
記録を付ける時間がなかったんで、今。
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夕方の渋滞にはまって、少々遅れての参加。
基本稽古は上下振りが終わっての参加になった。
そこから、仕掛け応じ。
初段受けのNさんの相手を命じられる。
Nさんは1番の古参だが、何度か中断して稽古に来なくなっていたので、私やWさんに段位を抜かれてしまった。
(私とWさんは初段取得済み)
それがモチベーションアップになったか、10月の段審査に向けて、今は30分だけでも! と仕事帰りに寄っている。
大変稽古熱心で、真面目な人なのだが。
1度、県レベルの大会で参加者が少なく、優勝してから、何かヘンになってしまった。
注意されると、地団駄を踏んで悔しがる。
昨日はとうとう、涙が出た。
・・・。
注意する先生もポカン・・・としていた。
だって、稽古に来る。教えて欲しい・・・ということは、「注意されて嬉しい!」というメンタルセットでないと受け入れられないだろうと思うのだが・・・。
できない自分に苛立つとか、悔しいというのはわかる。
でも、それを出すのは、教えて下さる先生に失礼だ。
先生曰く、「優勝経験がだめにしたのよ。自分が強いって勘違いしているのよ」。
試合は恐い。下手に勝ってしまうと、自分はできているって勘違いする。
負けて、負けて負け続けて、それから学ぶ。試合というのは、試し合いなんだよとは、先生の口癖だ。
勝つや負けるが重要なわけではない。試合を通じて何を学ぶか。
そもそも、武道をしたことのないNさんにとっては、武道の完成などありえない、いつもいつでも学び稽古が必要。常に向上心を持って行かねばならないということが、きっとわからない・・・。
だから、「優勝」した瞬間、「これでいい」って進歩が止まったんじゃないか。そう先生は言う。
昨日は、仕掛け応じのNさんは応じ。
まず、一本目が受けきれてない。元手が低いため、前手で受けているのがバレバレ。
1番苦労したのが3本目。あまりに不味い受け方に、私の胴が止まらなかった。
まるで、私が意地悪しているみたいで冷や汗をかく。
しかし、さすがに先生は見抜いて「それは、受けれてない。受けてない」と注意。
Nさんの顔色が段々青ざめていき、表情が固まり、視線がうろうろしはじめる。
仕掛け応じで目がうろうろするのは、私が1番嫌いなことだ。
「Nさん、目!」そう声をかけると、また申し訳ないという風にユックリ頭を下げて目も下げる。
それがイヤなんだけどなあ。気迫がまるでない。
型というのは、ある意味芝居なんだから、いかに「ほんとう」に近づけるかということが大事。
(居合でイヤと言うほど言われている)。
いや、型ではなくとも、相手から目が逸れるということは、「隙」である。
大東流などの型稽古でも、まったくこっちに目が向かない(意識が向いていない)人がたくさんいて、キレそうになる。
空手で養ったのはそういうことだ。油断したら、どつかれるということだ。
油断というのは、1番に「目」にあらわれるのだから。
何度目かの「目!」という声に彼女の目がどんどん死んでいくのが見えた。
見てない。ただ、こちらを向いているだけで、「目の前に立っている相手」をとらえていない。そんな目。
もう何を言ってもだめだなと思い始めたら、先生が「はい。そこまで。休んで!」と声をかけた。
私が他の稽古人と話をして、振り返ると、彼女は帰る用意をしていた。(まだ1時間くらい時間は残っている)。
どういう意図なのか、何か用事があって最初からそのつもりだったかわからない。
慌てて駆け寄り、「私も同じ所何年お注意されて、苦労したよ。注意してもらえるのは凄いラッキーなんだよ。また一緒にがんばろうね」と声をかけた。
泣き笑いの不思議な表情で、彼女はうなずいた。
いつもの三人(私とMちゃん、Fさん)が先生に食らいついて、ギリギリの9時半まで。
(Mちゃんは、弓仲間でもある!)
注意されて、駄目だしされると、本当に嬉しい。
私たち、ドMだねえと笑って帰った。