今年の極私的ニュースまとめ。

1.秘伝奥義を授かる。
  どうも、免許皆伝ということらしいのだがw
  なんとも自覚のないことである。
  ただ、自分的には新しいステージに上がったという意識はある。
  師匠を信じてついて行くだけである。

2.弓で参段。
  趣味で始めたはずの、弓。
  すっかり生活の一部となってしまった。
  日々の稽古は、精神を研ぎ澄ますのに最高である。
  また、身体の「緩み」を取る稽古としても本当に良い。
  参段を今年とれるとは思っていなかったが。

3.居合で初段
  6年目になる居合。
  一切の月謝を払わないという無茶をしている。
  もちろん、先生には相談の上である。
  色々と肉体労働で支払っているが。
  こちらは、趣味として大変重要である。

4.なぎなたを辞めた
  去年、尊敬するT先生が道場を去って、大嫌いな男性が
  指導するようになって、彼とぶつかることが多くなった。
  精神をすり減らすので、夏に辞めた。
  それだけなら、良い話ではないが、結局秋から、T先生に
  直接師事することができるようになった。
  段位や試合参加は望むべくもないが、稽古できれば良い。
  本当に良い結果となった。

5.某身体操作研究会の指導員となった
  稽古の足しになればと、以前から付き合いのある団体の
  指導者研修に参加して、インストラクター認定された。
  今後は、その団体の名前を冠した講習会が主催できる・・・が、
  とても無理だわ。
  お金はかかった。(´・ω・`)

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以上が、ニュース。
って、全部武術つながりかい!?
自分でも呆れるわあ。

仕事は相変わらず。
終わった仕事と、始まった仕事。
新しい勉強と、もっと勉強したい勉強。
学生たちの役に立てたという、自負はある。
精一杯やった。(勉強はまだ足りないが)。

家庭は、子どもたちは元気である。
それだけで十分である。
勉強が苦手でも大丈夫である。

あのヒトとは、数ヶ月に一度は会えている。
毎週メールをもらうなんてことはかなわないが、それでも大丈夫だ。
日々遠くなる。
それでも、良いと思える自分でいたい。

人のために役に立ちたいと思うし、そのためには、自分のできることを精一杯やりたい。
来年は、本を形にすることで、人の役に立ちたい。
多くの人に、私が得た知識を伝えたい。

ただ、努力することを続ける。
来年も同じである。

良いお年を。

2017/12/31(日) 20:07 日常 PERMALINK COM(0)
結局一日中24時間稽古のことばかり考えているので、仕方ないのだが。

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ふと思った。
以前やっていた合気道の先生方に、「稽古が害になる」という視点はあっただろうか。
多分なかったよなあ。
稽古年数を重んじる人たちで、年間何回稽古したかということを自慢にしていた。

初心のうちならいい。
初心のうちはある程度数をこなさねば話にならない。
しかし、初心ではなく、40年やってますとかの高段者たちのことである。
この私でさえ、そこには10年弱しかいなかったが、5年くらいで先が見えてくるものだ。
それでも、先生たちを信じて続ければ何かが見えるはずだと自身を叱咤激励して稽古に励んだ。

ふと、先生方は何を目指しているのだろうと思って、聞いたら「修養」だという答えでそれは当たり前で、どのような武人になるおつもりなのかさっぱり見えなかった。
武人というと、大仰かもしれないが、私は稽古を続けてどのような技術を身につけていきたいかが見えない先生方を信じられなくなった。

今は幸いなことに、目指すものがある。
闇雲に稽古をしていた時代とは隔世の感がある。

そして、技術は技術だけでなく、武術は常に心と表裏一体である。
心のあり方、物事の捉え方も同時に錬磨していかねば、技術だけ取り繕っても何もならない。
その点、私は師匠に恵まれた。

実にありがたいと思う。
「質の高い」稽古を続けていきたい。
ネット環境のないところにいたので、チョット真面目に勉強してた。
苦手な生化学と、興味のある生物進化。

ああ、なるほどなあと思うこともたくさんあり、ああ、こういう風に説明するとわかりやすいのかと付箋にメモを取っていたら山になった。
ああ、面白いなあ。
感動とともに、ペンを走らせる。
どうして苦手だったのだろうと思うが、実際には大雑把な性格が災いして、細かなところまでは理解が及ばない。
細かなところは飛ばして、大枠を理解すれば良いのだが、神経質な一種の性格が災いして少しでもわからないと放り出していたのだ。
ええい。
わからないところはまた後で。
そう思って進めたら、意外にわかるものだ。

嬉しい。

稽古と違って、勉強はやればやるほど理解が深まり、学生たちに貢献できる。

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結局稽古の話も出てきてしまうのだが。
(人生=稽古なので)。

稽古は「やればやるほど良い」ということではない。
先日、私を褒めた先生が、一番稽古をしている人に言ったのは、「稽古はすれば良いというものではないのです」ということだった。

だめな稽古を積んでも、悪い癖が付くだけで、後戻りするのです。
時間をこなせば上達するという、甘い考えではいけません。
集中して質を考えた稽古をしなければ、意味がありません。
むしろ、稽古が害になります。

というようなことを、言われたのだった。
その人は稽古時間だけは道場でトップクラスで、私から見れば、不器用でありながら頑張りで上達してきた人でもある。
ただ、稽古時間のわりには・・・と思わないわけではなかった。
同じ印象を、先生は持たれたのだろう。

しかし、先生の言葉は私にも降ってかかってきた。

私が審査で必ず中てるのは、「中てる実力はある」ということだと思う。
集中して精神を統一して、緊張を維持できれば中るのである。(少なくとも半矢は。この場合、乙矢が中る)。
しかし、普段の稽古では矢は皆中のこともあれば、全部外れのこともある。
いや、あろうことか安土に届かないなんて恥ずかしいこともやる。

緩んでいるのである。たるんでいるのである。
精神の緊張と、身体の統一が上手にリンクしていないなあと思う。
その点、勉強は慣れているので、そこはそこそこできる。
頭に入れればすぐに出てくる(これは特殊な能力らしい)。
習えば、ほぼほぼ100%同じように相手に伝えることができる。
だから、先生稼業自体は、苦ではない。

勉強の場合は、やるかやらないか。
やろうと思っても、膨大な「知らないこと」を前に、勉学の意欲が持たないのである。
知らないでも授業はできるので、日々怠惰に過ごしてしまう。
ただ、今回の生化学は、本当に「授業が難しい」ので勉強せざるをえない。

ああ、大変だー。
でも、なんて幸せなのだろうと思う。
この年齢で、脂質のβ酸化をせっせと頭に入れているのは私くらいだろう。
しかし、それがいつかは学生の役に立つ。

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そうそう。

稽古に戻るが。

時間ではない。
質だ。

そう思えば、師匠のところに行く貴重な時間で十分なのだろう。
そう思えば、他のたくさん稽古できる人をうらやましいと思う必要もないのだろう。

だから、大丈夫だ。
2017/12/30(土) 23:47 日常 PERMALINK COM(0)
すべての稽古が終了。
特に最後の4日間、月曜から木曜まで。
午後1時から午後5時まで(準備、後片付けの時間を含む)、弓!
よく頑張りました!!
(^o^)

楽しかった。
新しいことを習うのは実に楽しい。
たすきさばきは、もうめちゃくちゃで恥ずかしいが、それでも今までしなかったことをする。
なんて幸せだろうと思う。

着物も板についた。
(普段着と違って、胸元をピチッと合わせて、全く衣紋を抜かず道着のように着るので、最初は窮屈だった。)
私の着物の色は「濃色(こきいろ)」。
本当は、紺とかにしたかったのだが。ちょうど良いサイズがなかったのだ。
袷の八掛の色は、芥子色。

楽しくて楽しくて、あっという間の時間だった。
射はそれなり。
今日最後の立ちでは、半矢だった。

最後の最後まで、五段の山口百恵似のH先生が居残り稽古を付き合ってくださった。

本当によく引きました!

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1つの課題。

先日のサークルクラッシャーの件だが。
あのあと、またしてもその偉い先生から呼ばれて「ああ、あなたねえ」とまた色々アドバイスをいただいた。
正直、名前を覚えてくれても良いのにと思うが、名前は覚えてくださらないw

先生曰く。

「竹弓を買いなさい」

まじか。
竹弓こそが、弓道の心である。
竹弓を引いて、はじめて弓である。

今すぐとは言いませんが、なるべく早く。

先生はそう言われた。
普通は五段受けで初めてそろえるものだ。
(ToT)無理。
いや、今から竹弓貯金をしておけば五段取る頃には、貯まるかなw

捕らぬ狸の皮算用ならぬ、取らぬ五段の弓算用であるw
今日は特別な日である。
だから、午前中には整体を受ける。
普段はもっと受けたいのだが、金銭的に難しいので、この季節のこの時期ということにしている。
そして、この時期は、私は「生まれ直し」の整体である。
毎年、先生がじっと臍を内観してくださって、何かが生まれるのを待つ。

今年は、先生がケラケラと笑うので、不思議に思ったが、「すごいわね。さすがだわ」と相好を崩した。
なんでも、私は生まれてピョンと立ったらしい。「桃太郎のようだわ」と笑った。
腹も、腰も整っている。素晴らしいとお墨付きをいただき、先生のお宅を後にした。

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午後は弓である。
審査から始めての弓道場である。
10日ぶりくらいで、不安であるが、会う人会う人「おめでとう!」と声をかけてくださるので、ありがたい。
ようやく、参段に受かったのだなあと、実感が湧く。

久々の弓で大前で引く。
最初の礼射で、県の偉い先生がするすると近づいてきた。
げげーー。もう緊張したくないー。心の中で冷や汗をいっぱいかきながら、射る。

甲矢は的の斜め4時すれすれ。それよりも弓返りが半端で、向う弦となった。

「そんなんじゃだめだ。向弦で良いなんて思っていませんか!? ちゃんと弓返りする!」と叱責される。

(´・ω・`)
乙矢は気持ちよく的に入る。ちょうど真ん中。
弓返りも鋭く返った。

その先生は、私の後ろの立ちの人に注意をしていたが、「ほらー、良いじゃないの」と私に振り返った。

あ、ありがとうございます。

礼射が終わって講評・・・と思って、皆が先生の周りを囲む。
先生は周りの人には目もくれず、私に向かって「審査の時の射は素晴らしかった。今も乙矢は良い」。
そして、褒められることになれてない私に畳みかける。
「あなたはね、有望だから言うの。あなたは、四段もすぐ。五段まではどんどん受けてください」
「錬士の称号はちょっと難しいけど、すぐ取れます。努力しなさい」
「着物は慣れがいるから、早く着物で稽古しなさい」

(゚Д゚)
あのー、私この前参段受かったばかり・・・冷や汗である。
マジか。

先生の講評を聞きたくて集まった面々が、一人二人と立ち去る。
そりゃそうだ。こんな講評ではね。

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いつもだったら、「褒められて良かったね」と祝福してくれる人たちが、心なしか冷たい。
そもそも、2年2か月の私が、並みいる先輩方に並んでしまったのだ。
何年もかける、何回も受審しなければならない人が多い。
先輩を抜くのは時間の問題である。(すでに多くの人を抜いている)。

あー。
趣味のつもりで始めた弓なのであるが、また前の道場と同じ轍を踏むのか・・・。

一瞬、いやな予感がよぎる。
そうだ。サークルクラッシャーなのだ。私は。

でも、弓である。
中りか外れかは、見ればわかる。
技のように「あなたの技は力だわ」とか、「受けが悪い」とは言われまい。
黙々と、一人で的に向かうだけである。
努力を積むだけである。
他人がどう思おうと関係ないのである。

明日から、着物で弓を引く。
がんばります。

メールありがたかったです。
でも・・・。

昨日の余波がまだあってですね。
身体が、まだガクガクでした。
それから、武道祭からしばらく、規定の5本を抜いていません。
間違う間違う。
座業は、すべて間違う(脚、左右)という体たらく。
先生、ごめんなさい。

先生は、「まあ、いいでしょう」とのことで、初段昇段が決まりましたが・・・。

こんなんでは反省ばかりです。

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やっぱり、二日続けての審査は無理がありました・・・。
まだ、弓の合格が信じられません。
今週は国試対策に入るので、弓は一週間お預けです。
ホームページにもまだ記載がありません。

お金も払ったし、間違いではないはずですが、やはり、あの体配ではなあと、悔しい気持ちが強い。
居合は、先生の一存ですから・・・。
ちなみに、参段審査は、五名の先生方が審査員でした。
師匠は弐段審査担当だったので、早々に着替えて観覧席におられました。

私が「師匠の朝のアドバイスで射技はなんとかなりました。まるで魔法ですね」というと、
師匠は笑いながら「魔法なものか」と首を振る。

魔法じゃないの。
要らないことをするから、矢がまっすぐ飛ばないの。
あなたは力んでるの。それをやめなさいって言っただけ。

手の内の親指に力を入れる癖がついていた。
それをやめなさいと。
一人で気にしてもやめられないが、師匠に言われると変わる。
だから、本当に今回の合格は、師匠のおかげだ。

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これで、弓の方は、夜の高段者の稽古に参加する資格を得たわけだ。
どうしようか。