お得意の、「子どものような」という惹句である。
それを見るたびに、「記憶力の薄いヒトは幸せでいいなあ」と思う。


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子どものころ。
私は自意識の塊のような子どもだった。
大人のすべての動きを忖度してた。
(なので、私が最初に受けた試験で100点満点がとれなかったのは、その時の先生の動きを忖度したためである。彼女は身体で別の情報も発していたのである。)

少しでも、大人の意に沿おうとする心と、自分は自分だという心と、愚者にしか見えない同級生たちの間での孤独と。
愚者にしか見えない子どもが、「素直」で「元気」で・・・なのかもしれないが、少なくとも私は違った。
私にはその意味で子ども時代などない。
物心ついたときには、文字を習い覚え、小学校に上がる前から新聞を(父親の助けがあったとしても)読んでいた。
いつも悩んでいたのは、「どうして戦争がなくならないのか」「どうして飢餓がなくならないのか」ということだった。
そういう私の身体の反応はとても鈍く、いったん頭で考えてから動くものだから、運動神経はまるでなく、どうして他人が楽しそうにボール競技にはまるのかわからなかった。(今なら少し楽しさもわかる)。
走るのも遅く、走るとは何かを考え込んでた。(歩くと走るの違いはなんだろうかと。スピードだけではなささそうだと)。
姿勢が悪い悪いと親から悪態をつかれ、「良い姿勢」とは何かにも悩んでいた。

当時の私の一番の悩みは、いくらでも勉強したいし、いくらでも本を読みたいと思っていても、身体がうまく使えないためにすぐに疲れて集中力が維持できないことだった。
いろいろな姿勢を試したが、どれも「頭が重すぎて」疲れるという結論に達し、一時期などは、定規で頭を支えて勉強していた。

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今の子どもが屈託がないかというと、そうか? と思う。
お前が特殊な子どもだったんだよと言われれば、「そうですね」と引き下がるが、子どもたちは子どもたちなりの屈託や悩みを抱えて生きている。
自分の子どももそうだったし、道場で出会う子どもたちもそうだ。
私は「子どものような」という言葉が大嫌いだ。

子どもは純真無垢だなんて、誰が決めた?
私は、性行為を不完全ながらに想像しては、悶えていたものだ。
今以上に、エロかったし、今以上に権謀術策に長けていた。

勝手に「子ども像」を作り上げて、わかったつもりにならないでほしいと常々思う。
まあ、想像力や記憶力の貧しい方々が、使う分には仕方ないのかもしれないが。
ある身体操作というか、身体論の本を読んでいて、その著者がリアルタイムに発信しているツイッターを見つけた。
言ってることは面白いけど、写真が・・・。

人を顔で判断してはいけないというが、顔は大事な判断材料だ。 
暗いのである。
思春期がそのままこじれたような顔をしている。
無闇矢鱈に笑ってる人間も怖いが、思春期の葛藤をそのまま鼻先にぶら下げて俯く風情というのは、自分の捨て去りたい過去であり、それを突きつけられると真に居心地が悪い。

まあ、それはいい。
そういう人なのだろう。
本当はそこが問題なのかもしれないが。
    
そのツイートで、以下のような趣旨のことが書いてあった。

「レジ袋はお入用ですか?」とたくさん買い物して、手ぶらのときに、レジの人に言われるが、「どう思います?」と聞きたくなる・・・

はあ?
言ったらいいやん。
どう思います? って言ったらいいやん。

私はちょっと軽くキレる。
私もいわゆる店員のようなアルバイトをしたことは何度もあるが、レジ袋を持ってるかどうかは、意外に見えないものだ。
ポケットに持っているかもしれないし。
レジ袋というのが、タダならそれは聞かずに放り込んでくれてよかろうというもの。レジ袋は、今やタダではない。
だから、レジ打ちの人はとても気にするのだ。1円だろうと2円だろうと、対価をもらうことに同意なしで押し付けるようなことがあってはいけないからだ。
だから、マニュアルに、「聞きなさい」ってある。

相手に、自分の状況を忖度しろと言うのは、タダの傲慢である。

「どう思います?」聞いたらいいやん。

きっとレジ打ちの人はポカンとして、「ああ、バッグとかお持ちじゃないですね。じゃあ、おつけしますね」と爽やかに返してくれるだろう。
レジ打ちの人からは「変な人」認定されるかもしれないが、次には何も聞かれずにレジ袋が出てくるかもしれない。
そのくらいの働きかけもしないで、コミュニケーションや関係の不成立を嘆くのはいかがなものか・・・。

私やったら聞くなあ。
「どう思います? なーんも入れるものないんよ」って笑いながら。
そしたら、レジ打ちの人は「あ、ホンマや。つけようね。大きいんがいいかな?」なんて笑ってくれる。
レジ打ちの人も人間やで。

やっぱ、思春期こじらしてる人は、オバハンたちのこういうコミュニケーションがわからんのやろうなあ。
私はオバハンになって、すっごく楽しくなったことがあるんよ。
それは、レジ打ちやら、お店やら、色んな所で働いているオバハンたちと、分かり合える時があるから。
ニコニコしてレジ待ちして、丁寧に「お願いします」って言ったら、オバハンたちは「まあ、鮎! そうねえ。そんな季節ですね」って返してくれるよ。
(でも、その時買ったのは、私は半額になった鮎やったけどな! ちょっと恥ずかしかった)。

知らない人(オバハン)とのコミュニケーションもできんで、何が身体論だ。
あー、図書館で借りればよかった。
彼の本は全部買っちゃったのであるwww

まあ、こういうこともあるさ。
メールはとてもうれしかった。
あなたがいるということを思い出せることは、私には幸せなことだ。

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しかし。
ワークショップは・・・。

身体の障碍を取り除くというテーマ。
「安心してください。いや、安心じゃないですよ。皆さん、誰も障碍持ってますから!」
と訳の分からない前振で始まった。
ちょっと不安がよぎったが、私と組んだ指導員が素っ頓狂な声を上げる。
「あれ、このヒト、ぜんぜん大丈夫っぽい」

あとはご想像のとおり。
だいたいのチェックを通過してしまい、私は、私のための技術を身につけることはなかった。
だって、それらは私には全く必要のない技術だもん。

多くの人を観てきたという指導者が言う。
今まで、あなたみたいな障碍のまったくない人はいないんですけどね。

いや、いいですよ。勉強になりますと、素直に応じて、やり方を習う。
自分のためだけではなくていいんだもの。
きっと、あのヒトは障碍があるだろう。(なければそれに越したことはないが)。
いつか、あのヒトの役に立てるように、しっかりと覚えておこう。
それで、今日は十分。
十分充実した一日でしたよ。
メールのおかげ、かな?

ありがとう。(^◇^)ノシ
図書館で、ぼんやりと手にした本は、『竹内敏晴』。
基本的には、「演劇」の人であるが、『ことばが劈かれるとき』という著作があり、他者とのコミュニケーションについて多くを考えさせられた。
見田宗介や鷲田清一らの哲学者にも大きな影響を与えたが、私的には、野口体操を取り入れていたり、弟子の鳥山敏子さんの授業実践などで、よく知っている人である。
(故人であるが)。

腰を据えて読んだことはない。
理由は「演劇の人」というレッテルがあるのと、70年代から80年代の哲学、ニューアカデミズムブームのちょと小難しい言い回しにある。
もっとシンプルに身体について考えたいと思っているのに、その頃の著作は難解だし、とても遠回りなのだ。

それでも、まあ、眺めていたことが、今に響いているのだなあと思う。

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なぜ弓なのか。
遠巻きにしていた弓道が、これほど面白いとは思っていなかった。
さらに、若いときに始めていたら、絶対にこの面白さはわからない。
今、歳をとり、数々の挫折を経て、身体について右往左往している私だからこその弓である。

竹内敏晴について書かれた本書に、弓の記述があった。

あ。

フラッシュバックする。
竹内は、弓の名手でもあった。
ほとんど書かれることはないし、エピソードも多くはない。
しかし、聴力を失い孤独に陥る数年間の集中を、弓に打ち込むことで費やしたのである。

弓は竹内の思想の前面に出ることはない。
しかし、弓の経験は彼の思想の根底にあるのだろう。

今、私が弓に取り組む意味。
竹内の思想に触れる意味。
様々な伏線が、ここでつながる。
そのための時間であり、そのための人生。

私は、歳をとってよかったなあと思う。
悩んできて、苦しんできて良かったなあと思う。
今後、悩むだろうし苦しむだろうけど、それも良いなあと思う。

竹内敏晴の本にも、暇を見つけて取り組もうと思う。

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最後に、竹内の本ではなく、稽古中に発した言葉が私の心を揺さぶった。

ここに引用しておく。

「意識の水準が異なる者の出会いでは、集中力の深いほうが一方的に傷つく」
(『竹内敏晴』今野哲男著 言視舎 56頁)
弓は散々w
会長に言われて、手の内を修正中。そっちに集中すると、押手の弱くなることでどうも矢飛びが安定せず、最初の一本中って、しばらく外しまくっていた。
最後の最後に、半矢中りだしたが、時間的にアウト。
あーあ。
次の稽古のときは、今の身体感覚忘れてるよなあ・・・。

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で、嬉しかったこと。

弓の師匠は、お茶目な70代後半。
いつも、私に下らない(失礼)ギャグを振ってくる。

その師匠が、「ああ、あなただったんだよねえ」と感極まった様子で私に言う。

なんですかー?

きっとまた何か、わけのわからないギャグを振って来られるのかなあと身構える。

「さすが武道家だよね」

は? だから、何? と心の中でツッコミながらあいまいに笑う私。

師匠は、なんと更衣室の窓から、私が車を降りて道場に入るまでを見ていたらしい。
わあ、気付かなかった。何も考えていなかった。それは失敗。
他人の視線に気づかなかった時点で、私的には失格だわ。
冷や汗をかく。

うん。でね。

師匠は言葉を継ぐ。

すごい人が車から出てきたなあと思ったんだよね。
なんていうの。
堂々としているというか。
びしっとしているというか。
いったい、あれは、誰? って見てたわけよ。
そしたらね、あなただったわけよ。
すごいねえ。やっぱ違うね。

へ?

私はどこでどう反応していいかわからない。
はあ・・・。そうでしたか。

射場を歩くときも、堂々と歩きなさいよ。

師匠は、片目をつぶって見せて笑って去っていった。

ああ。そういうことね。
射場では入るときは「あれを気をつけよう」「これを気をつけよう」、帰るときは「あれがあかんかった」「これがなあ・・」と反省しながら小さくなって歩いている。
それをやんわりと注意していただいたなと思う。

けど、やっぱり嬉しい。
歩くこと、立つこと自体が日々稽古だと思っている。
無意識にもどう立つか、歩くかを自分に課している。

それが「良い」と褒められれば、私はとても嬉しい。
弓ができなくても、なんだか嬉しい稽古となった。
(本当は、弓ができたらもっと良いのだけど)。
ある高名な、身体操作の専門家について、色々習っていたときのことだ。
私はペアで組んだ女性の身体に触れて、彼女の身体を感じようとしていた。
(そういうほぐしを習っていたのだ)。

左後方から、スッと何かが来た。

構えるでもなく、何気なく振りかえった。

ああ。と周りの受講生から、ため息にも似た息が漏れた。

主催者の先生は、私にかかってこようとしていたらしいのだ。
何気なく振り返った私に先生は、武器を後ろにひっこめ、照れくさそうに笑った。

一部始終を見ていた受講生たちには、偶然なのか私が「察した」のか、判断がつきかねてあのため息だったらしい。

先生はつまらなそうに、くるっと向きを変えて、「うん」とかごにょごにょ言ってる。

試されたなあと思うが、合格だったのか、不合格だったのかは教えてくれない。
第一、私は彼の弟子でもないし、熱心な信者でもない。
いつも、「美容」の話になると、眠そうにしていて、さらに、お金のギャグにはニコリともしない貧乏人だ。
(その先生は、すぐ、「これは別料金で、30万円なんですよ」なんて言ってしまう。私は真面目なので、「30万は払えませんから、帰ります」と叫びたくなる。受講生たちも、微妙な笑いに包まれるが、私は決して笑わない。)
そんな微妙な受講生をちょっと試してやろうなんて、どういう風の吹き回し?

そう思いながら、辞去しようとすると、先生が呼び止める。

あなたはね、普通のヒトよりも縦はものすごく強い。
でもね、横が弱い。

それだけね。伝えておくね。

本当は、「それって、別料金ですか」と嫌味の一つも返したいところだが、ありがたく拝聴する。

今までになかった視点だ。
その簡単な検証をして、身体で納得して会場を後にした。
たまには、サービスサービスだったのか、試して、私になら次のことを教えてよいと判断したか。
とにかく、そのどちらでもよい。
アドバイスがいただけるのは、とても嬉しい。

しかし、あのまま、私が気付かないふりをしていたら、私は襲われていたんだろうか。
あの最初に来た、風のようなスッとしたものは、殺気だったのか。
いや、そんな大げさなものではなくて、たぶん、攻撃の意志のような気がする。
それを上手に出して、私に気付かせたのだろう。

少しでも、察することのできる人間になりたい。