まあ、いろいろありまして。

学校はまあまあです。毎年手強いところの学生も、ちょっと勉強しようとする気持ちになったみたい。
ちょっと再試人数が多いけど、仕方ないんですね。

家は相変わらずです。

あ、隣の空き地に資材置き場ができました。

稽古も相変わらずです。
一歩進んで、二歩下がる。永遠にたどり付かないのかもしれないけど、進み続ける(=下がり続ける)しかないのですよ。

あの頃の「熱に浮かされたような」感動を思い出します。
こんな武術があるとは! と私は目が点になりました。
今は、難しい難しいと呻いて一日終わります。

あ、そうそう、また稽古であなたの名前がでてきました。

「○○さんだ!」

Sさんの爆笑に、私は困惑します。
師匠の言う通りの技をしているはずなのに!

「身体が覚えているんですね。無意識にときどきそっくりになりますよ」と、私を笑います。

頸の傾きや、腕の力のいれ具合がそっくりな瞬間があったようです。

今回は、あなたが私のことを考えていたからではなくて、私の身体があなたを懐かしんでいたのでしょうね。

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誰かからメールが来るたびに、あなたかと思って携帯を手に取る。
そんなことは、もうないはずなのに。
来るはずはないのに。
来るとすれば、約束の日。

あーあ、遠いなあ。
2018/11/09(金) 21:23 日常 PERMALINK COM(0)
ニュースを見たくない。
新聞も、ネットも見たくない。
どうしてこうなのかと自問自答する。

セクハラされた人を叩く文言。
痴漢された人を「そんな場所に行くのが悪い」という文言。
生きて帰った安田さんを叩く文言。
原子力発電の廃炉について、何も考えていないエネルギー政策の文言。
外国人労働者を使い捨てにしようという魂胆丸見えの文言。

もう嫌だ。

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特に女性に関する問題では、私が苦しんで苦しんで何とかしようともがいた時代よりも「見えにくく」なってしまっていて、フェミニストと自称することすら、憚られるようになってしまった。
けど、何も変わってないし、あれだけ「おかしい」と言い続けても何も変わってない。

だいたい、ミスコン批判などあれほどしたのにそういうことを言うのは、空気を読まないやつだと・・・。

苦しい。
私は生き延びた。
ブスでもデブでも、料理が下手でも、「女」だ。
痩せたくて、きれいになりたくて、でもなれなかった。
でも、それでいいのだと、今は思う。

生き延びただけでも、自分を肯定したいと思うが、あまりの無力感に落ち込む。

私が、モノを言い続けたのは私自身のためだけではない。
若い女性たちが同じ轍を踏まず、少しでも生きやすい世の中になるように、だ。

私は私を救ったが、私以外は救えなかったのだ。
わかる。わかっている。自分以外を「救う」など大それたことだと知っている。

しかし、夢を持っていたのだ。
そして、夢は潰れたのだ。

夢の破れた後の世界を、生きるのは辛い。
いや、まだ諦めきれないから辛いのかもしれない。
ただ、自分だけが楽しく生きれば良いと思えないのがいけないのだと思う。

それでも、無力感に苛まれる。
2018/11/03(土) 21:23 日常 PERMALINK COM(0)
「死ね!死ね!」と声が聞こえる。

? と思っていると、ドッカーンと爆発音。
「うわ、やられた。すまん、戻るわ。援護よろしく」

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何かというと、うちの子がPCで戦争ゲームをしているのである。
リアルタイムで仲間とスカイプで話をしながら、戦場を進んでいく。

母さん、オレ、7時から友だちと遊ぶけん。

という彼は、家を出て行くわけでもなく、自室にこもる。
マイクセットで常に仲間と大声で話をしながらのゲームである。
いわゆる「セーブ」(記録)はできないので(リアルタイムだから)、食事の時などは敵に見つからないようなところに隠れて、仲間に守ってもらう。

夕飯を食べていると、息子の部屋から機銃掃射音とか、爆発音が聞こえる。

「あ、たぶん、オレ、死んだわ・・・。ちょっと急いで食べて戻る」

一人が死ぬと、部隊全体に迷惑がかかるようだ。
彼は慌てて食事を喉に流し込むと「戦場」に戻っていった。

なんとも不思議な光景である。

敵は、コンピュータプログラムのこともあるし、外国人のこともある。
チャットで、英語で罵り合う(!)らしいw
確かに、使ってはいけないような下品な英語を知ってるとは思っていたんだよなあ。 

戦争はいけない。戦争は良くないというが、彼は本当に楽しそうだ。
バーチャルなら良いのだろうか。
(そういう私も、ロボットアニメが大好きだったりするw)
実際に会うことはなくても、無料通話でずっとしゃべりながらマップを進んでいく。


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同じバーチャル系でも、性的な話は後味が悪いのに。

BBCの放送で、日本人のセックスドールの特集があった。
そのセックスドールへの違和感は、小学生くらいの女の子の身体を持つドールが出てきたときに、絶望的に大きくなった。
バーチャルだから良いのだろうか。
同じじゃないか! と私は覆う。人間も人形相手も同じだ。
人間にやってはいけないことを、人形に対してやってはいけないのだはないかと思う。

これだけリアルに作られるバーチャルの世界。
子どもの戦場ごっこは許せても、大人の幼児性愛(ペドフィリア)は許せない。
この違いは何だろう・・・。私の心が狭いのか。



ふすま一枚隔てた向こうの戦場の音を聞きながらの、つれづれ。


2018/10/26(金) 22:44 日常 PERMALINK COM(0)
今年の武道祭には、あのヒトは来ない。
いや、今年に限らず来ないだろうと思うけど、今年は来ない。
それは、残念すぎて、がっかりすぎて。
来てるかもしれない・・・と人混みの中にいるかもしれないあのヒトに向けて必死に演武する。
来ていないかもしれない・・・と誰がいても、誰も居なくても、必死に演武する。
これが、毎年のことだった。

武道祭に向けての稽古も、ずっと続いていて。

ああ。
やっぱり会いたかった。
終わって、セブンのコーヒーをすすりながら感想を聞きたかった。
そういうのなら、「偶然」会いましたで済むのかなと期待してた自分がいた。

ううん。
会わない。
会えない。
それでいい。

あなたが、元気ならばそれでいい。
2018/10/16(火) 18:10 日常 PERMALINK COM(0)
私の日記帳は五年書き込むやつである。
娘が生まれてから始めたので、この日記で四冊め。
この四冊めが、終わる。

なので、時間があるときに、この五年を見直すことになる。

人生でこんなに波瀾万丈でエキサイティングな5年間があっただろうか!!
などと、思うくらいだ。

生まれて初めての弓が、2015年の10月6日。10キロの弓を引いたとある。
この2015年は、ずっと字も乱れていて、心が折れていたのがよくわかる。
恨み言、愚痴、悲しみ、苦しみがずっと書かれている。
武道をやめる。武術とは関係ない生活をする。と何度も何度も出てくる。
(すみません、私にとって、弓は武術カテゴリーではなくて、「お茶」とかに近いものでしたw)

本当に辛かったんだなあ・・・と、今となっては他人事のように思い返すことができます。
もちろん、色々なトゲは心に刺さっているけど、そしてあのヒトのいなくなった穴はぽっかりト空いているけど。

11月は、本当に、本当に最後の稽古のことばかり綴ってあります。
どんなに辛かったか。でも、それは私だけではなかったのだろうと思います。
今でも、稽古ができればどんなに良いかと、本当に思います。

そして、最後の技は、一つも私にはかからなかった。
そのことが、書かれていました。そのことは、嬉しいことでも、悲しいことでもなく、技がかかるかどうかに拘泥している先生が悲しかった。
それが、何度も書かれています。

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新しい日記帳を買わないといけないのに、気持ちが動きません。
また、こんな辛いことを記入することになるなら、もう紙の日記などいらないと思うのです。
しかし、このネット上のものは、ボタン一つできえてしまう。
紙の日記だからこそ、残る気持ちもある。

・・・もっとも紙の日記で一番重要なのは、山菜野草、野菜の植え付けなどの季節の情報だったりしますが。

いつもは、5年日記が店頭に出たらすぐに購入していました。
今年も5年日記が売られる季節になりました。
けれど、素通りしてる自分がいます。

「先生とまだまだずっと稽古したかったです」

先生は2回大きくうなずいてくれた・・・

11月の某日の記述です。
先生は、覚えておられるでしょうか・・・。
2018/10/08(月) 18:11 日常 PERMALINK COM(0)
例のお坊さんの瞑想会は、台風のために中止になった。
残念だが、仕方ない。こういうのを「ご縁がない」というのだろうと、恨めしく空を睨んだ。

結局台風の影響はそれほどでもなかったので、空手の稽古はいつも通りやって、洗濯物も外に干した。

先月末から、うっ散らかっている室内を少々片付けて、少しだけボンヤリする。
その坊さんに会えなかったことは残念だが、いくらでも一人で瞑想すればいい。
私の場合は、迷想であるがw

師匠との話をもう一度考える。
整理する。

師匠は教えたという。
私は、教えてもらってもできないことがあると思う。
でも、できるようになるには、もう「教わる」というレベルのはなしではないのだろう。
たぶん。

ただ、稽古をするしかないのだ。

そして、それは師匠がいようと居まいと、私が望む生き方である。

だから、この結果で良いのだろうと、思う。

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山に登り始めて、だいたい1000日が経った。
出張で年間二回登れない。
猫が死んで、3日ほど登れなかった。
体調不良(メニエール)で2,3日登れなかった。

だから、登り始めて、1010日めの今日くらいが、1000回目なんだろうなと。

最初は色々と願って拝んでいた。
今はとてもシンプルになった。
努力するのは自分自身だから。

それでも、こと武術にに関してはとても私は恵まれていると思う。

信じられないくらい、運が良い。
今の武術に会えたこと。
師匠に出会えたこと。
師匠に認めてもらっていること。
弟子でもある友人のSさんに助けられていること。

ありがたいことである。

もちろん、あのヒトに会えたことにも、感謝している。
あのヒトがいなければ、今の私はない。

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1000日前は、こんなことになるとは思っていなかった。
1000日後は、どんな日々が待っているのだろう。
願わくば、生きていて、稽古ができているように。

2018/10/06(土) 22:14 日常 PERMALINK COM(0)