『日日是好日』

樹木希林さんのファンでもないが、お茶がテーマということで、一人で出かけた。
思いのほか、観客が多くてびっくりした。
小さなシアターであったが、3分の1くらいは入っていたろうか。
そのほとんどが、おばさん~おばあさん。
(私もほぼおばあさんなのだがw)

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<歩くということ>
主人公ののり子さん。(黒木華)
佇まいはとても良い。さすがな女優さんだなあと思って見ていた。
でも。
歩くと「現代っ子」の足である。(いとこ役の女優さんもだ)。
それが「かわいい」という刷り込みなのか。いや、90年代はまだそんな足ではなかったと思うのだが。
足先内旋の内股。それで走る後ろ姿は、まさにX脚だ。
かわいのか、典雅なのか、チャーミングなのか。

主人公が40代になった物語の最後。
武田先生(樹木希林)の親戚の女性と歩くシーンがある。
二人とも着物。お茶仕様の着付けである。
であるはずなのに、親戚の女性の歩き方!!
絶望的にヘン。
足先内旋の、内股はまだいい。(そういう着付けだから。歩きにくいのだ)。
でもさ、絶対洋装の名残が見える。つま先が「パン」と跳ねるのだ。
それは違う。着物に慣れた人間はそんな歩き方しない。
和服を着て、そのまま洋装が透けて見える。違和感。
お茶に馴染んだ、長年稽古をしてきた人に見えない。

礼の美しさが日常に出てくるように、歩く姿も稽古の時以外に出てなくてはホンモノではない。
そこまで考えて、ハッとした。
樹木希林はほとんど歩いていない。そういう役だったというのもあるし、そういう体力はなかったのだろう。

<年齢>
樹木希林だけは上手に年を取った。
病気のせいだろうとは思う。やつれた・・・が老けたように見える。

黒木華さんは・・・。
若いなあ。他の人にはどう見えるかわからないけど、20代にしか見えない。
(後で調べたら、やっぱり20代だった)。
24年もお稽古をしていた風に見えない(´・ω・`)。
どこまでも、最初の年齢から変わらない。
お父さん役の鶴見辰吾も、全然変わらない。
お母さんも・・・。

年齢を重ねるという意味では、若い人が年寄りを演ずることのほうが難しいと思う。
だって、私たちは「若かった」時代を知ってるから。
年齢を重ねることは、いつだって未知の世界だ。

<結婚>
のり子が、その後結婚をしたのか子どもがいるのかまったく映画では触れられない。
パッと見、一人に見える。
それはいいんだ。

私が気になったのは、最初、結婚を決めた相手が「裏切った」から許せなかったという話だ。
「裏切り」の中身はまったく出てこなかったが、「許せる」「許せない」レベルなんだから、多分浮気かなんかだろう。

私はこのシーンで頭が、冷静になってしまった。

浮気という。不倫という。
結婚を約束した相手が、誰か別の人とつかの間の恋愛を楽しんだ・・・として、何がいけないのだろう。
もちろん、結婚とは「互いに相手を拘束する」という約束であるから、その一点においては、「いけないこと」ではある。
しかし、私たち血も肉も持った人間である。
つかの間の恋に、一晩を過ごしたとして、それが同意の上ならば何を咎める?
(だから、私は結婚しないし、結婚が嫌いなのだ)。
私自身にも、そして、相手にもそういう人間としての当たり前の感情があると思う。
私は、自分のパートナーが他の女と何かあったとしても、関係を解消しようとは思わない。

なんだ。

モノを考えてる女子大生のふりをして、ただの常識に囚われた若い女性じゃないか。
つまらない。

<人生>
人生は、別れの連続で、「一期一会」で「日日是好日」だという教えは、茶に限ったことではない。
私は武道を通してそれを知った。今でもそう思いながら生きている。
別に、あのヒトに限ったことではなく、どんな人が相手でも「いま、ここ」だけで終わりかもしれないと思って接してる。
だから、いつも全力投球だ。怒るときには怒るが、後に絶対残さない。

何のために生きるか。
「場」をどのように作るか。

全力で取り組んで生きてきた。

<茶道>
敢えて、「茶道」という言葉を避けているが・・・w
表千家だった! ( ̄0 ̄)
ガッカリである。私は基本裏なので。
手元がほとんどupにならない。
(やはり、嫌なんだろうなあ)。
バストアップばっかりで、見たい手元が映らないのはもどかしかった。

薄茶手前のだいたいの手順は頭に入ってるので、映画を見ながら自然に手元が動いていたw

しかし、私の先生のほうが絶対に上手い。
上手いというか、美しい手前をする。
なんだろうなあ。やっぱり私の先生はすごい。

私がお茶に行くのは、ただその数時間をただ「過ごす」だけの目的である。
月に一度、和菓子をいただきお茶を飲む。
それでいいのだ。
それがいいのだ。

<女>
観客も女ばっかりだったが、出演者もほとんど女性だった。
そもそもお茶は、武士のたしなみであた。男のものだった。
女であることと、お茶がどのように結ばれるのか。
結婚前の女性のたしなみ・・・? それは過去のことだが。

男の人はお茶をどのように捉えるのだろうか。




まあ、色々思いつきそうだが、このへんで。



2019/01/15(火) 13:44 映画 PERMALINK COM(0)
娘にねだられて、ねだられて行った映画。
お互いのスケジュールが空かないために今日になってしまった。
(娘は、スケジュールが空かないのはお母さんのせいよ! と責めるがw 稽古が毎日あるんだもん)。

あんまりクイーンに思い入れもないし、行かなくて良いと思っていたが娘に負けて連れて行った。

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なんだ!
フレディ以外は、そっくりじゃないか!!
特にもじゃもじゃと、金髪。
本人たちかと思ったが、年齢的に合わないから俳優さんなのかあ・・・。

フレディマーキュリーは、似てない(ToT)
フレディの色気とか殺気とか全然再現されてない。
けど、まあ、フレディの繊細さとか、さみしがり屋なところはとてもよく出てて、やっぱ正解の俳優さんかなと。

一番泣いたのは、最後のコンサートのシーン。

ドローン空撮というのは、「神の視点」だ。
様々な年齢の様々な人種の色々な性別の。群衆の力を感じた。
あの群衆にいたら、陶酔感半端ないのはわかる。
けど、私はそういうところから逃げてきたのだ。
私は人間が群れたときの、パワーも知ってるし気持ちよさも知ってるけど、私はステージに立つほうの人間でありたい。
泣きながら、切望した。

一番の感想は、お前はオレか? だった。
もちろん、私には音楽の才能も何もないけど、あのキレ方。私そっくり。
そうか。他人にはそう映るのかかと。

そして、さみしがり屋であること。
映画ではそんなに露骨には描いていないが、(描けないが)、フレディは相手をとっかえひっかえの状態だったようだ。
私はとっかえひっかえする気力も体力もないが、寂しさ故、セックスという関係性のときだけは、つかの間満たされる気がしてしまう。
セックスをしているときだけは、一人ではないと思える。
だから、最近は酒を飲まないのだ。酒を飲むと本当に寂しさが襲ってきて、誰彼構わずくっつきたくなるのは昔からの癖である。
ただ、強烈にヘテロ圧力がかかっていて、女性とはキスまでしかしたことはないが。残炎なことに。

最後に、親との関係。
あれだけ成功しても渋い顔をしていた父親と、最後和解できて本当に良かった。
私は成功していないし、多分成功して父親に札束を三つくらい持っていけば、感謝もしてくれるだろうが。
子どもはいつだって、親に認めてほしいのだ。
根本のところで、私は自信がない。それを親のせいにしたくはないが、私の評価はいつもいつも「否定」から。
成績が良くても、医者にも弁護士にもなれなかった娘。(父は男の代用として私を見ていて、私にそういう道に進むように言った)。
見かけは並・・・ならば、気立ての良い、普通のサラリーマンの「奥さん」になって、暖かい家庭を築いて欲しいという、母親の夢も潰した。

もうあの人たちとは、関係ないのにな。

和解のシーンで、泣いた。

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英国というのは、懐が深い。
クイーンというバンドが許容されるということは、そういうことだ。
(日本で、「天皇」というバンドは許されないだろうし、ましてやそれをやっている人間が外国からの移民としたら!!)

英国の英語は聞き取りやすく、途中、英語に集中してしまって登場人物が見分けられなくなったw
私の障害(発達障害)は、人の顔を見分ける能力の低さである。集中していないと、見分けられないので基本的に実写ドラマは苦手である。
ドラマも普段は見ない。

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あと、エイズ。

エイズ感染を告白して、クイーンのメンバーと抱き合うシーン。
本当? だとしたらすごいことだと思う。
1990年代初頭、私はある大学で、ミッシェル・フーコー(哲学者。エイズで死亡)の元恋人の講演を聴いた。
金髪で美しい顔の恋人は、エイズに感染していた。
フランス語で逐次通訳がついたが、参加メンバー(聴衆も含めて)がほぼフランス語がわかる人たちだったので、私はちんぷんかんぷんだった。
恥ずかしいことだ。

エイズは簡単な接触では感染しない。偏見をやめてほしいと叫んだ彼が最後に「誰かこの中で僕と握手してくれますか?」と問うたとき、だれも立ち上がらなかった。
あのときの重苦しい沈黙を、私は忘れない。
そして、私自身も立ち上がれなかったことを、深く悔やむ。
次があれば、私は立ち上がり彼を抱きしめるだろう。
若かったとは言え、なんとも情けなく恥ずべきことだ。
しかし、誰も立ち上がらなかったことで、偉そうに人権やら倫理やら説いている奴らの底を見た気がしたものだ。

思想は行動に移さなければ、意味がない。

エイズのフレディを抱きしめた彼らは、実はすごいのだ。
あの時代には、それは大変勇気のいることだったのだ。

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楽しみにしていた胸毛があまり見れなかったw
たぶん、俳優さんにはあの胸毛はないのだろう。
フレディ・マーキュリーの胸毛と、脇毛と、髭が好きだ。
長い睫と、濃い眉が好きだ。

誰かに似ているかもしれないね。
2018/12/31(月) 16:49 映画 PERMALINK COM(0)
本当に久しぶりの映画。
阿部寛さん主演。
ほとんど観客もいないなかで。一人で。
(娘と行こうかと思ったが、(-_- )テーマがテーマだけに)。

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(ーー;)。
あまりエロくなくて残念。
もっとエロいことを期待していた私って(^^ゞ

阿部ちゃんの裸は堪能した。
いいな。
「男」という生き物の割とわかりやすい魅力が凝縮している。

でもなあ。
私は、あのヒトの裸が一番好き。
顔も、裸も、あのヒトのが絶対良い。

そういう比べ方をしながら見ちゃうから、なんだかムラムラした。

でも、「下手」と言われてそんなに落ち込むか?
「下手」な男が、他人の行為を見て、勉強できるか??
「下手」な人は、相手を全然見てなくて、自分のやり方を押しつける人だ。
真面目な男ほど、そういうのをやりたがる。
ハウツー物を読んで、その通りにやりたがる。

バカか。
アホか。

そう思う。相手に合わせてなんぼ。
だから、阿部ちゃんがいきなり上達してしまうのは、わかるようでわからない。
結婚してたんだよね? 奥さんともそんな??

大きさじゃないの。
長さでもないの。
テクニックとも違うかなあ。
相手を喜ばせたいという熱意。
相手への渇望。相手を観察するまなざし。

そういうのがお互いにあれば、多分、良いセックスはできる。
それに、もし、本当にあれば、、、だけど、身体の相性が良ければ・・・。

私、そういうの信じてない。
けど、あのヒトの身体は特別。
微かに触れただけで、電流が走るような。
肌と肌が触れると、お互いの皮膚が吸い付くよう。
あのヒトの背中に腕を回すと、しなやかな身体の中の骨の硬さに安らぐ。
ああ。生きている。
うれしい。
よろこびが溢れる。そんな身体。

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寺島しのぶは、阿部ちゃんと身体の関係が先で、惚れる。
そんなことがあるのだろうかと少し訝しむ。

好きでもない男とするのは、苦痛でしかないのに。

映画としては、なんだろう。
おもしろかったけど、違和感が。
まず、登場人物がワンパターンで、区別できない。
阿部ちゃんと寺島しのぶと、伊武雅刀はわかったが。。。

ストーリーもあまり追えない私は、少し認知症気味かもしれない。

2018/06/30(土) 23:21 映画 PERMALINK COM(0)

一分半くらい。

やっと娘を伴って鑑賞することができた。
観客は朝一番の上映ということもあるし、平日だからか12名。(我々を入れて)。
こうの史代さんは、大好きである。
「夕凪の街」では、どれだけ泣いたか。

娘も、こうの史代さんが好きだ。

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見た。
泣いた。
映画館で、嗚咽をこらえるのに必死だった。
二人で「全身筋肉痛だね」と、帰り道に笑った。

ある評論家が、「これは映画ではない」と評していた。
「映画ではなく、経験である」と。

まさしく、同じ思いで画面に食い入った。
やわらかな広島の言葉(これも意外だったが)に助けられて、笑い、にやにやし、そして、泣いた。
戦争の良し悪しを言うのではなく、ただ、生きた人に、生き抜いた人に尊敬を。
ただ、災害のように降ってくる戦争経験を知識人は笑うだろう。
戦争は災害ではない。
しかし、たぶん、庶民にとっては災害と同じである。

柔らかな、人物たちの動き。
昔風のお辞儀の所作に、救われる思いがする。

美しくて、悲惨で、悲しくて、辛い映画。
楽しくて、愉快で、笑いがいっぱいある映画。
そのどちらも、併せ持つ不思議な体験。

もう一度、見に行こうと思う。
2017/02/15(水) 19:39 映画 PERMALINK COM(0)
本当は『この世界の片隅に』を見に行ったんだけど、あ、娘も見たいって言ってたなあって思いなおして、辞めたんだった。
採点をやっつけた後のご褒美に、自分にプレゼントで大学のもよりの映画館に立ち寄った。
そしてほぼ同じ時間に上映してたのがコレ。
出光の創業者の話を、「物語」にしてるんだってさ。
そのくらいの知識はあったし、岡田准一はそこそこ気になる俳優だ。(俳優というより、武術の点で気になる)。

ちょっと見てみるかと。

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ストーリーについては、史実に忠実なところとそうでないところもあるのだろうが、上手に並べていて、時系列でないのにすんなり入ってくる。
それは、脚本家の手腕だろうな。

楽しめました。おもしろかった。

けど、一点のみ気になる点があって。
多分、他の誰とも共有できない点で。
もしかしたら、稽古をともにしているニンゲンにしかわからないかもしれないけど。

岡田准一、嘘くさい。
姿勢はいい。隙のない感じもいい。若いときはカッコいいし、よくぞ60代を演じているし、90代までを頑張った。
がんばったけど、がんばったのは、特殊メイクなのかなと。
結局、若い鍛え上げた肉体のまま年配者をやってるように見える…。
60代の腹の、作り物臭さよ。
90代は、車いすに助けられて、そこそこ。

でも、一番嫌だったのは、20代の「海賊」と呼ばれたころ。
門司から関門海峡に出ていく船の上で、誇らしげに旗を振る姿。
これは、最後の最後にももう一度出てくるくらい重要なシーン。

それが、ダメなんだ。

いや、そりゃ、カッコいいさ。
しかし、あの佇まいは違う!
男たちが、「あれはすごい!」「あれは楽しそう」と惹きつけられる類の身体の在り方ではない。
もしくは、表情ではない。
ただ、一人で立っている。緩みも隙もなく、おおらかでもなく、ただ、真剣に前を向くあり方は、武術としては正解だし、強い。

でも、それは、人を惹きつけない。

人を惹きつけてやまないあり方とは、子どものように天真爛漫に自分の行為を楽しみ、天より高いプライドで相手を睥睨し、他人を丸ごと引き受ける懐の広さ。
それを身体で表そうとしたら、あの旗振りはない。
もっと、おおらかに、もっと隙だらけで、もっと開いて立つ。
ストイックなまでの真剣さは持っていてもいいが、それだけではダメだ。

表情だって、あれは硬い。
あんな顔の男に、誰がついていくもんか。ずっと一匹狼を気取っている男の表情だ。
人を動かすのは「熱だ」と言いながら、岡田の演技には「熱」はなく、ただ大きな声と恫喝があるのみだ。
「熱」のある演技とは違う。

相手を引き込むような、そんな魅力があるべき主人公が、やたら孤立してやたら頑張って、やたら大声を張り上げるそんな映画だった。

色気もないなあ・・・。
なんだろう。私もそうなのだろうか。相手と対峙した瞬間、「敵か味方か」「相手が自分より強いか弱いか」で判断してしまう。
そこには色恋の入る余地はない。
(もっとも後で知ったことだが、出光の創業者はバイセクシュアルだったらしい。映画では謎だったが。それがわかれば、前半のお金を融資してくれる人の話も少しわかろうというもの)。
ただ、岡田准一には「悲壮感」とかそういう言葉が似あってて、それは、たぶん、一家を率いる者としてはどうかなと。
もちろん、悲壮なんだが(話的には)。

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一番好きなシーンは、日章丸がイギリス海軍とすれ違うシーンだ。
あれは良かった。
髭の船長が良かった。
(髭が良かったわけではない。岡田准一も60代は髭だが、あの髭は嫌い)。

岡田准一は、私にとっては役者ではない。
残念ながら。そう思って見ないと私はしんどい。
彼は武術家だ。

それでも、見てよかったとは思うが。

2017/02/10(金) 20:56 映画 PERMALINK COM(0)
映画カテゴリー作りましたw
胸キュン映画は、これなんです。
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で、テレビで見た(というか、一部だけチラ見)のが、『超高速参勤交代』。
コメディだなあと。主人公もカッコよくないし、馬もサラブレッドだし(そこか!?)、どうでもいいか。
ちらっと写った俳優さんに心を奪われた。
あのヒトに似ていた。誰かは言わない。
名前も知らない、その俳優に、あのヒトの面影が重なった。

見に行こう!!

あわただしく車を飛ばして見に行く。

ああ。

面白かったし、すっきりしたし、殺陣もいい。あ、弓はいただけないが・・・。コメディだし、マンガみたいなもんだから仕方ないねえ。
ある意味の、理想郷だったりもする。深キョンは好きではないが。

でね、見た人はわかるけど、その俳優さんが風呂に入るシーンがあるの。
男性の風呂シーンなんて、誰得よ? なんて。

あああああ。

悶絶しました。私はたぶん、その俳優さんの顔が似ているだけではなくて、身体的特徴も似てることに気付いて、悶絶しました。
ダメです。それは反則です。
普段は絶対に見れない。(うちのオトコは違うので)。

ああ、こんな一瞬のシーンで悶えるなんて、私は重症です。

別に珍しくもない特徴なのに、もうドキドキして恥ずかしいのに、目は画面にくぎ付けでした。
顔だって、写真とか、映画の止め絵だと全然似てない。
動くと、「あ」と思う瞬間がある。
それだけでも、あああなのに、裸。

女性の入浴シーンに、男性たちが痺れるわけだ。(美女に限るかな)。
もちろん、その俳優さんも美男だ。第一60過ぎて、その身体は反則。
作られた身体にあまり興味はないけど(どう見ても筋トレをして、見せる身体を作っている)、そういう意図されたものではなく、意図しない部分に私は悶えたのである。
私が、というより、私の身体が・・・である。

まだドキドキしてる。

発情しちゃったかなあ・・・。
あのヒトは、手の届かないところにいるのに。
奥さまと仲良くしているというのに。(特に今日は!)
忘れてしまって、平穏に過ごそうと思っていたのに。
枯れたつもりで更年期だと思っていたのに。

あのヒトに触れたい。
触れてほしい。
ああ。

まだ駄目。身体が悶絶する。
思い出しても、くらくらする。

第一、その俳優さんのファンクラブに入ろうかなと思ったくらいだ。
(もっとも、写真では全然似ていないので、苦笑して辞めたのだが)。

会いたい、会いたい。
触れたい。触れたい。
私に、触ってほしい。




2016/09/30(金) 23:55 映画 PERMALINK COM(0)